名前からして辰年生まれと分かることが多い。家にある「赤ちゃんの名前のつけ方」の本を見ると、女子にはつけない方が良い漢字の第一に「龍」が載っている。しかし私は自分の名前が大好きだ。姓名判断で有名な先生が考えて下さったとのことである。
この名前がついているからこそ、今までの人生、頑張ってこられた部分も多々ある。
子育てが一段落した時、何か集めてみようと思い立ち、名前にちなんで「龍」に関する物を、と思ったが、西洋の寓話では「龍」は悪者として退治される側であり、また中国では王の象徴なので、あまりにも品数が多すぎて困っていた。
そんな折、ふと出掛けた骨董市で金属製「龍」のペーパーナイフが目に留まった。聞くと旧西ドイツで求めた品とのこと。横向きに泳いでいる姿で、龍が豚鼻で面白い。値段もまあまあである。早速買い求めた。これが、私がペーパーナイフとつき合う最初のきっかけである。
元来、私は本が大好きである。本は、今は1ページずつめくれるが、150年位前までは製本の仕方が今と異なり、袋綴じ状の部分があり、読み進めるには刃物で切り開いていく必要があった。当時は文字を読める人も限られており、裕福な人は自分が求めた本を開ける道具として、お気に入りのペーパーナイフを持っていた。製作者の名入りの物や依頼主の家紋が彫られている物もある。
素材はブロンズが9割、銀、真鍮(しんちゅう)、鉄、木材、べっ甲など多種であるが、何より高級高価なのが象牙である。
製本技術の進歩により、ページを切り開く必要がなくなり、持主の高齢化と相まって、私が集め始めた頃、不要品として子孫に売り出された品がどのアンティーク市に行っても出ていた。
これらの品は私の大好きなアール・ヌーボーからアール・デコにかけての図柄も多くあったので、集める楽しみの一つでもあった。
そんな折、日本人でロンドン在住の骨董家さんから、英国老婦人が日本製象牙のぺーパーナイフを日本人に買ってもらいたがっている、という話が来た。早速品物を見せてもらったところ、今まで見たこともない程素晴らしい。明治維新により廃藩置県が行われ、大名お抱えの工人が失職し、生きる道を輸出品へと転換せざるを得なかった頃の品である。日本伝統工芸の技が惜し気もなく施されている。
こうして、いわゆる「里帰り品」のぺーパーナイフは私の下にやってきた。「お帰りなさい。お疲れ様でした。安心して休んでね」と私は声を掛けているが、コレクターは品物の一時保管人に過ぎない。また大切にしてくれる人に手渡す日が近いことを、私は自覚している。これでいいのだ。