閉じる

令和2年(2020年)8月5日(水) / 南から北から / 日医ニュース

てがのもりのくませんせい

 わがクリニックに通ってくる子ども達は、いつの頃からか私のことを「くま先生」と呼ぶようになった。体型から、「くま」に例えられることは若い頃から慣れっこではあるが、この子ども達と接してきた歴史を考えると、感慨もひとしおで、道路の向こうから「クーマーセンセー」と言って手を振る低学年の小学生達に応える時にも、少し目頭が熱くなっている自分がいる。
 手賀の杜は子どもの多い街である。柏市の統計を見ると、15歳未満の人口が実に35%を超える。この数字は市内の他の地区の追随を許すものではなく、全国的に見てもかなりのレベルにあるのではないだろうか。
 手賀の杜を含む沼南地区には、小児科を専門にしている診療所は全くない。その背景から、私のクリニックはあえて小児科を標榜することにした。
 その結果、この町で生まれる子ども達のほとんどは、生後2カ月で私との付き合いが始まることになる。現在の定期接種は、任意のものを含めると小学校入学までに実に30回近くを接種しなくてはならない。その他にも年に2回のインフルエンザワクチン、そして風邪を引くたびに鼻やのどに綿棒を突っ込まれ、地域の子ども達は40回以上もクリニックを訪れて、そのたびに何らかのひどいことをされる運命にある。
 泣き叫び暴れる子どもを押さえつけて、腕に針を刺す時に私を見るおびえた視線は、さながらアニメの中で怪物に襲われたか、ゲームの中で低レベルでラスボスに遭遇してしまった時のように、この世の終わりを思わせるものであり、これを反復的な虐待と言わずに何と呼ぶのかと心を痛めながらも、つくり笑顔と言葉だけの優しさを隠れみのにして針を刺し、鼻に綿棒を突っ込むのが日常である。
 そんな子ども達が、5歳を迎える辺りでは、にこにこしながら「くま先生」と言って駆け寄ってくれるのだ。この「くま先生」には、私にとってそれだけの重みがある。
 今から8年前にNHKで放映された朝ドラ「梅ちゃん先生」の中で、開業医役の世良公則が主人公の堀北真希を諭した言葉に「町医者の一番の仕事は『ここに居る』ということなんだ」というものがある。当時私はまだ開業していなかったが、このせりふは妙に心に響いた。
 最近は、医師会の中での立場の変化に伴って、臨時休診を増やさざるを得なくなってきたが、たとえどのような立場になろうとも、「くま先生」として認知して頂きつつあるこの街、手賀の杜に「居る」ことこそが私の医者としての最大のアイデンティティであることを忘れないようにしたい。そして、これから先もできる限りこの街に居続けることこそが、還暦を迎える今年誓うべき将来の抱負である。

千葉県 柏市医師会報 第058号より

戻る

シェア

ページトップへ

閉じる