生来の運動音痴なので、仕事部屋にはパターマットがあるくらいで、それもほこりをかぶって久しい。院長室はなぜ、過酷なトレーニング場へと変わったのか......。
年少組に入った孫が時々時間つぶしに遊びに来るようになった。始めはボールをやみくもに投げたり、わめきながら走り回るばかりで、にわとりを追い掛けているようなものだった。
数カ月が経ち少し人間らしくなったある日、私の白衣に妙に食い付いてきた。「これは。じいちゃんの?」。少し疑わしげに尋ねてくる。ポケットにリットマンを発見すると、更に羨望(せんぼう)のまなざしへ変わる。聞けば、数年前の仮面ライダーが白衣姿で聴診器を首に下げていたという。これは、ライダーになりすますしかない!!
後は、自分でもあきれるくらいの妄想体系を組み上げる。じいちゃんは院長室で毎日変身のトレーニングに励んでいる。専門医ならぬライダー協会の検定試験を受け認定証を頂くと、晴れて仮面ライダーとなるのだ。
年少児はこのうそを完全に信じてしまった。「ぼくも、じいちゃんと練習をしたいよ」。幼稚園児には無理だ。私にも無理だが......。レーザーポインターをキラッと光らせると、更に羨望のまなざし。「その武器、ぼくも欲しい」。危険なので、子どもには持たせるわけにはいかない。危険でもなく、武器でもないのだが......。
その日以来、扱いが変わる。「ねえ、ねえ、じいじい。今日は変身できたの? ぼくも、練習したいよ」。ぼーっと生きてるわけじゃないのだが、当然変身はできない。
弟にいじわるをした時は、そんなことではライダー失格だと叱る。号泣する。「もうしないから、ぼくもライダーになりたい」。よしよし、分かればよろしい。教育効果もあるじゃないか。揚げ句は、兄弟喧嘩の原因となる大事な変身ベルトを、「これはおもちゃだけど練習に使って」と差し出すまでに信じ込んでいる。責任重大である。
サンタクロースをいくつまで信じていたかと話題になるが、サンタさんは年に一度だからどうとでもなるだろうが、仮面ライダーは年中無休だ。かくして、げんこつを固めて腕を振り回し、トレーニングに励む。前期高齢のライダー候補生を演じている。いったい、いくつまで信じているのだろう......。