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令和2年(2020年)11月5日(木) / 南から北から / 日医ニュース

食事の制限

 もう昨年のことになってしまいましたが、国境なき医師団に所属している女性医師と食事をする機会がありました。妻の教え子がたまたま帰国したので、一緒に食事をしようということになったのです。彼女が予約した都内のヴィーガンのレストランで食事をしたのですが、乳製品や肉類が全く使われていないとは思えない食事の多彩さ、またそこそこボリュームもあり、満足できるお食事でした。
 ヴィーガンは個人の考えで乳製品や卵製品、肉類を摂取しない主義です。ベジタリアンと似ていますが、更に摂取しない食品の幅が広いのです。
 さて、食事と言えば宗教によってもいろいろな禁止食品があります。最近は日本の国際化に従って、宗教上の禁忌に沿った食事を提供する所も増えてきました。食事の制限で有名なのがユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教などでしょうか。数年前、東京大学の生協の食堂にもイスラム教の食事(ハラール)を提供するコーナーがあって、びっくりしました。
 実は宗教上の食事制限ということを初めて意識したのが今を去ること20数年前、テキサス州に居た頃です。当初、子どもが3人いたため研究所の近くに住む所が見つからず、交通ラッシュがひどい街での通勤が大変でした。
 1年後にようやく近くに引っ越しをすることになって、親しくしていた研究室の友人3人に手伝ってもらいました。お礼に3人を新居のアパートに招待してお食事会を、となったのですが、念のため中国人、インド人、ユダヤ人に何を提供すれば良いのか、とりあえず聞いてみました。
 本来はアレルギーや好き嫌いを尋ねるつもりでした。中国人の友人は笑いながら「よく言うだろ、中国人は四つ足の物はテーブル以外何でも食べるって。何でも大丈夫だよ」と言ってくれました。インドからの留学生の友人は「牛以外なら何でも大丈夫だよ」と。イスラエルからの留学生の友人は「コーシャーフードが用意できるかい?」とのこと。
 コーシャーフードとはユダヤ教の戒律(かいりつ)にのっとった食事で、うろこのない魚は食べない、豚肉は食べないなどいろいろあるものの、食料品の準備段階でスーパーの(U)や(K)印がついた食品なら大丈夫と教えてくれたのです。
 肉類などは戒律にのっとって処理がなされていないと、本来許されるはずの牛肉、羊肉も食べないのだとか。更に豚肉の料理に使った鍋、包丁、まな板を使って調理することは本来いけないのだが、熱湯消毒してくれれば差し支えないとも言ってくれました。クリームシチューのように乳製品で肉を煮込むのも「ダメ」だそうで、これは旧約聖書に「子ヤギの肉をその母の乳で煮てはいけない」とあるためだそうです。後に知りましたがユダヤ系の人々はチーズバーガーは食べないようです。
 妻と私は、Kosher cookingユダヤ教の料理の本を買い、更にスーパーでどんな食品を売っているのかを調べました。驚くことに生鮮食品ばかりではなく、お菓子などもかなり多くの種類に(U)や(K)のマークが付いていました。アメリカはユダヤ人やユダヤ系の人が2%くらい居て、しかも国会議員の7~10%を占めており、ユダヤ系の人達は決して「少数民族」とは言えないのだと改めて感じました。
 結局、和食を出せば良いとの結論に至った妻は、野菜の煮物や野菜サラダ、そして手巻き寿司を提供することにしました。手巻き寿司は、新鮮なお魚は手に入らないので、具はスモークサーモン、アボカド、きゅうり、卵焼きなどでしたが。3人の友人に喜んでもらったことは言うまでもありません。
 日本人も江戸時代は仏教徒として、建前では「生臭もの」は食べなかったものの、農山村を中心に実際には獣肉を食べていたようで、日本人の多くの方の感じ方の根底には「宗教が理由で食事制限なんて」という潜在意識があるようにも思います。自分自身この体験まではそう思っていました。
 しかし宗教が元で戦争になったり命を奪い合うことが起こっている世界を見ると、宗教は地球の多くの人にとって、とても大切であることがよく分かります。国際学会の公式食事会でも、通常お肉は宗教上の禁忌がほとんどない羊が使われます。更にベジタリアンミールも用意されます。ベジタリアンではなくても宗教上の戒律が気になる方はこちらを選ぶようです。
 もっとも、この時招待したユダヤ系の友人は、生まれはソビエト連邦シベリア地区です。ソビエト軍の軍医も経験した後でイスラエルに移民した経歴を持っています。ソビエトに居た時も豚肉は食べなかったのか?と後に聞いたのですが、「そんなことしたら飢え死にしていたさ」と笑っていました。

(一部省略)

埼玉県 埼玉県医師会誌 第843号より

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