齢50歳。最近、妙に早く目が覚める。
患者に「早朝覚醒に悩む」と相談されても、自分の起床時間の方が早く、アドバイスに困る。
「そうですか。私なんて朝3時ですよ......」
全く回答になっていない。しかし患者には「自分は、まだ大丈夫かも」と妙な安心感を与えるらしい。
いやはや、昔はそうじゃなかった。子どもの頃は、よく寝る子だった。研修医時代は、朝11時(最長不倒記録)まで寝過ごし、午前外勤を装ったこともある。なのに最近は、午前3時には爽やかに目が覚めてしまう。
約3時間、自分だけ時間が進んでいる。日本に居ながら、ニュージーランドで生きているような感覚だ。これは、一体何なんだ? 医学的には「睡眠相前進(そうぜんしん)症候群」と言うらしい。遺伝的素因もあるが、加齢で体内時計が24時間より短くなっているらしい。そういえば「夕方、水戸黄門を見るうちに寝てしまい、夜中以降は眠れない」と悩む80代患者さんがいたっけ......。
一定のリズムを保っていた体が、その恒常性を失っていくのも、年を重ねるということなのだ。
睡眠を保つのに工夫が必要となった今、しみじみと睡眠は奥深い。人生4分の1は眠ってきたのに、いまだ謎だらけだ。年齢や日照だけではなく、実にさまざまな要素に影響される。
食物もその一つ。炭水化物を食べると眠くなり、たんぱく質を多く食べると睡眠時間が短くなる。「カレーを食べると眠くなる」の理由をネットで調べると「ご飯の量が多く、急激な血糖上昇がインスリン分泌を刺激し、急激に血糖低下するため」との解説が多い。
しかし、糖尿病内科の立場としては疑問である。カレーは脂質が多く、単純糖質よりも血糖上昇が遅く立ち上がり、血糖上昇が遷延(せんえん)するからだ。グルコーススパイクが問題なら、餅や清涼飲料水でもっと眠気が出るのでは? カレースパイスが原因なのでは? こうなったら(iPS細胞の発見手法のごとく)スパイスを1種類ずつ抜いて、どれが原因かを調査したら、イグノーベル賞も狙えるかも知れない。
自分自身の話に戻そう。「睡眠相前進症候群」は、あえてそのまま放置することにした。
日の出が早い6月、朝3時に目覚める。出勤前まで5時間半! もはや半日休暇だ。朝焼けを待ちながら、ゆっくりコーヒーを沸かし、PCを開く。ぼんやりと空が明るくなり、鳥達が目覚める。空気がひんやりと心地良く、ベランダ菜園のトマトは、茎までほんのりとトマトの香りがする。当直非番の朝は、ちょっと近所まで走ってみる。五感で「今、生きている!」と感じられる時間。夜は泥のように疲れてできない家事も、朝はこんなに快調だ......。いいぞ、いいぞ。睡眠相前進症候群、万歳!!
しかし問題もある。夕方午後4時、脳内では、BGM蛍の光とともに「閉店のお時間でございます」とのアナウンスが流れる。それ以降は、ほとんど使いものにならない。
仕方ない。ウルトラマンにはカラータイマーがあり、宇宙戦艦ヤマトには、地球滅亡の日が定められている。彼らもdead lineがあるからこそ、業務に集中し、良い仕事をしているのだ(と思う)。
「自分にもカラータイマーがある」そう思ってから、時間が少し濃くなった。
......気のせいかも知れないが。
(一部省略)
福島県 福島県医師会報 第82巻第8号より