南から北から,日医ニュース
"笑いとは、ある事態に際して緊張していた心が突如として緩められ、ほぐれてしまうことによって生ずる精神と身体の反応である"と、誰かが言ったらしい。
令和元年12月31日、伊豆稲取の朝は快晴で、寒さを感じさせない好天気だった。しかし天気予報どおり午後になると、次第に寒波の影響が出始めて風が強くなってきた。
観光を終えて伊豆急行「踊り子号」に乗り、東京駅8番線に着いたのは16時42分だった。本来なら16時32分に到着するはずだったが、夕暮れに差し掛かり強い風に飛ばされたビニールが電車のケーブルに引っ掛かり、10分ほどの遅れが生じたのだった。そのために、7番線から本来乗車予定だった上野東京ライン宇都宮行きが発車したのを見送る羽目となった。この事態は後から思うと極めて残念な事だったが、この時は「まあ仕方がない! 16時49分の電車を待てば良いのだから」と、心の余裕もあった。
ところがである。5分も経過しないうちに「品川駅で線路内に人が立ち入り、安全確保のため品川―東京間の全ての電車が停止しています」との落ち着いた口調でのアナウンスが流れた。よりによってこんな日に、ましてやこんな時に!との思いであった。そして「安全確保のため品川東京間の全ての電車が停止しています。運転再開は未定です」と、先ほどと同じベテランと思われる駅員の、冷静ではあるが"素っ気ない"淡々としたアナウンスが繰り返された。
だんだんと日が陰り、気温が下がり始め、電車の遅れで増えてきたホームの人々の不満も募り始めた。ましてや大みそかの夕暮れである。
やがて15分経過した頃だった。先ほどまでとは違う、若い声の駅員によるアナウンスがあった。
「品川駅で線路内に入ったヤツを捕まえるため駅員と警察官が追い掛けています」
えっ? 今なんつった? 聞き取れなかったのではなく、予想外の言葉に"耳を疑った"のだ。そしてすぐにもう一度アナウンスは繰り返された。「品川駅で線路内に入ったヤツを捕まえるため駅員と警察官が追い掛けています」。
駅でのアナウンスとしては前代未聞の言葉だと思う。それにしてもノリの良い情感のこもったアナウンスだった。耳を疑うとともに、思わず腰を曲げての姿勢で(つまり腹を抱えて)笑ってしまった。周囲でも気付いた人は同様に腹を抱えていた。これで鬱憤(うっぷん)が少しは晴れたように思う。効果を狙ったアナウンスなら、先ほどの若い駅員さんは出世するだろう!
ただ残念なことに、やがて流れた次のアナウンスでは初めのべテラン駅員さんによる落ち着いた定番アナウンスに戻ってしまった。「品川駅で線路内に立ち入った人の安全が確保されたため、品川―東京間の全ての電車運転を再開します」
予定より30分遅れて電車は到着した。若い駅員さんを叱らないで欲しいと思ったのは、私だけではないと思う。
(一部省略)
埼玉県 大宮医師会報 第771号より