毎日の診療に明け暮れていると、一切その事を意識せずに済む時間が欲しくなります。今の私にとって、それは楽器に触れている時のようです。
7年ほど前から、秋田市管弦楽団の団員として参加をさせて頂いています。パートは「ヴィオラ」です。
ヴィオラは弦楽器の一種、ざっくり言うと「ヴァイオリンみたいな楽器」です。見た目はヴァイオリンとほぼ同じ、ただ音の高さが5度下から始まっているのです。楽器の大きさ(全長)はヴァイオリンが約60センチメートルに対してヴィオラは約70センチメートル。
楽器の特性として、低い音がしっかり鳴るためには、それに合わせて胴体が大きくなければならないのですが、ヴァイオリンのボディサイズ(ひょうたん型の箱の部分の長さ)は約35センチメートルなので、理論上はヴィオラは53センチメートルの長さが必要になってしまいます。
しかしその大きさを確保すると、手が届かなくなってしまい演奏はできません。だから、"ちょっとだけ大きい"のです。実際の長さは38・5センチメートルくらいから43・5センチメートルくらいまでさまざま。
そう、ヴィオラには標準の大きさが存在しないのです。長さだけでなく厚みも違っていたりします。時にはシルエットまで違う歪んだ形の胴体を持つ楽器もあります。ヴィオラは永遠に未完成、中途半端な楽器なのです。
出る音は中音域ということもあり、アンサンブルでは"内声"を受け持ち、あまりメロディを奏でることがありません。そんな目立たない楽器を受け持っていて、弾いてもつまらないのでは?と思われる事も多いようです。
しかしながらこれが実に面白いんです。時にヴァイオリンの歌うフレーズに寄り添ってみたり、ひたすらリズムを刻んで曲に推進力を与えたり、メロディの陰で音楽の表情を作ったり......。
オーケストラの中では、こちらが上手に弾いてるのに気付かれないことも多いのですが、立ち回り方次第でその音楽全体が良い案配(あんばい)になったりするので、思ったように事が運んでひそかにほくそ笑んだりしているのです。その中で、たま~にやってくるメロディに全精力をつぎ込む!(やはり、時には目立ちたいのです)いろんな楽しみ方ができる、それがヴィオラパートなんです。何だか暗いなあ......。
こういった役割が主のためか、元々ヴィオラにはソロとしての作品は少なく、ヴァイオリンやチェロ、クラリネット等、他の楽器のために書かれた曲の編曲版が多いのも特徴です。独奏楽器として認められ、多くの演奏家が輩出されるようになったのは比較的最近で、必然的にヴィオラのための作品は近現代のものが多くなり、アマチュアが弾くにはちょっとつらいな、と感じることもあります。
アンサンブルはともかく、一人で弾くにはやっぱりつまらないでしょ? そう言われたりします。しかし、この楽器の中途半端な特徴のおかげで、ヴィオラはややくぐもった、渋く、柔らかい音色がするのです。耳に響く音が優しく、弾いていてとても心地良いのです。
一方楽器の大きさや形状はさまざまですから、個々の楽器によっても、また演奏者によっても音色は相当異なります。そしてこの振れ幅の広さは、聴いていても飽きることがありません。独奏楽器としては発展途上なのかも知れません。新しい演奏家が出る度に「こんな表現方法があるのか」と驚かされることも多いのです。
中途半端の魅力に溢れるこの楽器を紹介させて頂きました。しかし当たり前のことですが、いざ演奏するとなるとなかなかうまく鳴ってくれないのです。音程も思いの外取りにくく、弓の扱いもヴァイオリンとはかなり違います。存在感の薄い、演奏するにもちょっと不自由な(?)この楽器、それでも好んで弾いているヴィオラ弾きは、やっぱり変わり者かも知れません。
「ヴィオラジョーク」という自虐ネタが昔からはやっているのをご存じの方もいらっしゃるかと思います。最後にいくつかご紹介します(ちなみに、大抵のヴィオラ弾きはこのネタが大好きなんです)。
「ヴァイオリンよりヴィオラが優れている点は?」
―ヴィオラの方が長く燃える
「最新の録音でヴィオラの音が聞こえないのはなぜ?」
―ノイズを消す技術が発達したから
「ヴァイオリンを盗まれない方法は?」
―ヴィオラケースに入れておくこと
少しでも興味を持って下さった方、ぜひヴィオラの音をお楽しみ頂ければありがたいです。
(一部省略)