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令和3年(2021年)1月5日(火) / 南から北から / 日医ニュース

シライトソウ

 「シライトソウ」、40数年前、甑(こしき)島に行って間もない頃、内川内という集落に往診した時に出会った花である。
 往診に行ったのはFさん93歳の家だった。当時、診療所から片道約1時間、車は集落の手前の広場までしか近付けず、車を降りると往診かばんを持ち、山道を歩かなければならなかった。過疎化で、既に小中学校は廃校になっていたが、それでもどこの家にも診てもらいたいと言うお年寄りがいて、一軒だけのつもりが次から次へと山の斜面に点在する家々を往診して回ると、終わるのは夕方になっていた。
 その往診の途中に出会った草花である。草丈が10~20センチぐらいの可愛い試験管洗い用の棒タワシのような花だった。名前も知らない草花で、草花に詳しい教育委員会の先生が見えた時、尋ねると、それは「シライトソウ」でしょうと言われたのを覚えている。聞いた瞬間、間違いないと思ったのは正しく白糸のような花弁が付いていたからだ。
 その後、見る機会もなく、果たしてあの花はシライトソウだったのか、忘れかけていた。思い出したのは昨年、令和元年6月16日の地元紙の投書欄「ひろば」に載った挿絵だった。地元紙の投書欄「ひろば」には一般の投書の外に、季節の草花や果物などのスケッチの投稿もある。注意しないと見逃してしまうような小さな記事だが、その日のスケッチは紛れもなくシライトソウであった。
 それにしても、一体どこの誰の投稿だろうと見ると、45歳、僧侶とある。名前からすると女性のお坊さんらしい。更に、投稿者の住所を見ると、志布志(しぶし)市とある。うれしくなった。わが母校は志布志高校である。投稿者は、もしかすると母校の関係者かも知れない。
 横道にそれたが、多くの草花の見頃はせいぜい1、2週間だろうか、その時期を失すると少なくとも1年待たないといけない。幸いに、Fじいさんの娘さんたち三姉妹はご健在で、花が咲いたら知らせて欲しいとお願いしておいた。
 あれから1年。「花が咲きましたよ」と、うれしい電話をもらったのはつい最近、令和2年6月6日。昨年の新聞のスケッチ欄も6月16日だったから、正しく6月の花である。
 「身近にありながら、名前も知らず、気にも留めていなかったけど、よく見ると可愛い花ですね。天皇陛下の帽子の花飾りみたい......」と。
 白糸で作った試験管洗い用の可愛い棒タワシみたいと思っていたが、天皇陛下の帽子の花飾りの方が90歳前後の三姉妹には連想しやすかったみたい。
 思い立ったが吉日。翌6月7日、新型コロナ騒ぎの合間を縫って、日帰り予定で島に渡ると三姉妹の家に直行。昔のままの広場に車を止め、40数年前に歩いた山道を歩くと、道はコンクリートで舗装され、昔の面影はない。幸いに、わずかに舗装されずに藪(やぶ)のまま残っているところがあり、そこに間違いなく、4、5株のシライトソウが咲いていた。

(一部省略)

鹿児島県 鹿児島県医師会報 第830号より

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