令和2年度母子保健講習会が2月28日、新型コロナウイルス感染症が流行状況にあることを鑑み、WEBシステムを介して参加する形で開催された。
冒頭のあいさつで中川俊男会長は、現在、日本が超少子高齢社会を迎えていることに触れ、少子化の原因として、「晩婚化の進行等による未婚率の上昇」「夫婦共働き世帯の増加による、仕事と子育ての両立への負担感の増大」等があるとした上で、日本医師会が、日本小児科医会、日本産婦人科医会と共に提唱してきた「成育基本法」について、平成30年12月に成立、令和元年12月に施行されたことに言及。同法の規程に基づき、「成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」が本年2月9日に閣議決定され、今後はこの方針に基づき、国や地方公共団体等が成育医療を切れ目なく提供するための施策が推進されることに期待感を示すとともに、日本医師会としても、実効性のある施策の実現に向け、積極的に政策提言していく意向を示した。
成育基本法に関連する産婦人科・小児科の課題
講習会の前半では「成育基本法に関連する産婦人科・小児科の課題」をテーマとし、まず、小林秀幸厚生労働省子ども家庭局母子保健課長が、「成育基本法 基本的方針について」と題して講演を行った。
その中では、基本的方針を策定するまでの経緯として、「成育医療等協議会」を設置し、その意見を聞きながら行ってきたこと等を説明。
成育医療等の現状と課題に関しては、「少子化の進行と人口減少」「妊産婦のメンタルヘルス」「子どものこころの問題」「児童虐待」「子育て世代の親を孤立させない地域づくり」等があると指摘。「こうした問題を踏まえ、成育過程にある者等に対し、必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策を総合的に推進していくことが、基本的方針の実現のために求められる」とした。
その他、「健やか親子21」については、今後、成育基本法の中の基本的施策とし、一体的に取り組んでいくことが報告された。
木下勝之日本産婦人科医会長は、母と子の関係性を重視するだけでなく、母子の健全な愛着形成過程を確保することが重要になるとした上で、スマホの普及や子どもの脳の健全な発達を支援することが育児の本来的意義であることへの理解不足によって、乳幼児期から始まる親子関係、特に母子関係(甘えの感情を基礎とした愛着形成)の健全な成立を妨げているとして、現状を憂慮。
これからの医師、助産師、看護師等に求められることとして、育児を担当する出産後の母親、これから子を持つ妊婦、これから妊娠を予定している女性が、子の愛着形成支援と、脳の健全な発育を促すことの重要性の理解を深められるよう支援することが、今後の基本的役割の一つになると強調した。
神川晃日本小児科医会長は、まず、少子化が2017年時点の予想を上回るスピードで進行する一方で、児童虐待、いじめ、10代の自殺、不登校は、年々、報告件数が増加していることを報告。その背景としては、貧困率の上昇、一人親世帯の高い貧困率、要保護及び準要保護児童生徒数の増加、非正規雇用労働者の増加といった社会的要因があることを紹介した。
その上で、保護者の経済状況や健康状態の影響により、子ども達の間に健康格差が生じることは重大な社会的不平等であり、子ども達が健やかに成育するためには、「『健康の社会的要因への配慮』『子育て支援の強化』『Biopsychosocial(身体的、心理的、社会的)の観点からの個別健診実施』『他職種と連携した子どもの地域包括ケアの提供』が、これからの小児保健・医療にとって必要になっている」と述べ、フィンランドの「ネウボラ」を参考に、子育て支援を強化することを提唱。また、母子保健から学校保健への切れ目ない支援の実現のために、小児科医が子どものかかりつけネウボラを目指す必要性を強調した。
新型コロナウイルス感染症と母子保健
後半は、「新型コロナウイルス感染症と母子保健」をテーマに、石渡勇日本産婦人科医会副会長が産科的課題として、(1)妊婦のリスク、(2)妊婦のスクリーニング、(3)垂直感染の可能性、(4)分娩方法、(5)授乳方法、(6)妊婦へのワクチン接種の安全性―を挙げ、日本産婦人科医会として『産科の感染防御ガイド』を作成したことに触れながら、それぞれ説明。
(6)では、日本で接種が始まったファイザー製ワクチンについて、現時点では妊婦への治験は行われていないことから安全性については言及されていないとした上で、接種の有益性とリスクを考慮した上で接種するかどうか決定すること、新型コロナウイルスを正当に恐れることの重要性を指摘した。
森内浩幸長崎大学大学院医歯薬学総合研究科小児科学教授は、小児科的課題として、子どもは新型コロナウイルスに感染しても重症化しづらいにもかかわらず、(1)学校閉鎖による学習機会の減少、(2)学校給食への依存度が高い貧困家庭の子どもが食生活に困窮する、(3)家庭内で過ごす時間が増大することによる家庭内暴力や虐待リスク増加、(4)乳幼児健診の機会を逸することによる子どもの心身の健康問題発見の遅れや、母親の育児不安等への介入遅れ―といった深刻な問題が起きていることを報告。
(1)では、子ども達の学習機会が奪われるのみならず、医療従事者が自分の子どもを家庭で見なければならなくなり、医療現場の人手不足を招くことも指摘。また、感染対策を徹底した上での学校再開であっても、誰もが感染する可能性があるため、子ども達には感染に関する健康教育をしっかり行い、感染者や関係者が責められることのない社会をつくるだけでなく、子ども達の学習機会や福祉が保障される必要があるとした。
なお、当日の聴講者数は430名であった。