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令和3年(2021年)4月20日(火) / 南から北から / 日医ニュース

明日葉とキアゲハ

 十数年前から毎年海の日は八丈島に遠征し、釣りを楽しんでいたが、今年は新型コロナのため中止となった。離島でクラスターが発生しようものならたちまち医療崩壊になるため、ニュースでもなるべく島には行かないように注意喚起されていた。
 そこで自粛期間は、これまでにも増して畑に精を出すことにした。八丈島では明日葉が栽培されており、和え物などの他、お茶やうどん、そばにも入れてお土産として売っていた。ちょうど苗を買いに行くと富山では珍しく明日葉も売っていたので、これを肴(さかな)に八丈島産の「島流し」という焼酎を飲んで釣りに行けなかった残念会を密かにしようと一株だけ植えてみた。
 2カ月ほど経ち、そろそろ食べようかと思いネットでレシピを選択して畑に取りに行った。すると緑の胴体に黄色の斑点の入った黒の横線がある幼虫が12匹、葉と茎にいるではないか。ネットで検索するとキアゲハの幼虫と判明した。2、3日観察していると明日葉の葉がすっかり無くなってしまい、心なしか幼虫も右往左往しており、その後数匹は隣の九条ネギとアスパラに移動していった。
 調べてみると餌はセリ科の植物であり、ネギとアスパラは食べないようである。この話を看護師さんにしていると、それぞれ2、3匹ずつ家で育てることになった。富山のスーパーには明日葉を売ってないので、セリか、パセリを買って与えようかと考えたが、どうも農薬が少しでもあると死んでしまうらしく、一般に売られているものはダメなようである。
 どうしようかと迷っていたところ、畑に残っていた4匹の幼虫は何も食べず糸で体を固定し、幼虫の服を脱ぎ捨てサナギになった。よく見るとそのうちの1匹に数ミリの小さな蜂がサナギにとまっていた。この蜂はサナギに卵を産み付け、サナギを食べて成虫になるという、エイリアンのような生き物である。結果4匹中、1匹は幼虫の脱皮に失敗、1匹はつかまっていたネギが折れてサナギの頭部が曲がって死亡、1匹はサナギになる時に糸から外れて地面に落下したが、ネギを切ったところに差し込んで継続、あとの1匹はこの蜂がとまっていたサナギである。
 後者の2匹を別の場所に移して観察することにした。1週間が過ぎ、9日目の朝に蜂のとまっていたサナギから羽化し、羽を乾かしているではないか。幸いまだ卵を産み付ける前だったらしい。午前の診療を終え急いで戻ってみるとすでに飛び去っており、ネギに挟んでおいたサナギも羽化し、空に向かって羽ばたき、ゆらゆらと飛び立った。
 数々の災難をくぐり抜け、成虫になれるのは奇跡に近いことなんだと胸が熱くなった。その後、時々キアゲハが庭で飛んでいるが、多分ここから巣立ったキアゲハに違いないと勝手に思っている。そして秋に向けて畑にセリとパセリを植えておいた。
 看護師さんの持ち帰った幼虫8匹は幸運にも全て羽化し、子ども達に見守られて飛び去ったという。

富山県 医報とやま No.1753より

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