私が住むマンション4階の部屋のベランダからは、ちょっとした公園を見下ろすことができる。そこにはマンションの6階ぐらいまでの高さまで伸びた青々とした樹木が数本並び、広場には子どもの遊具が置かれ、そこで遊ぶ親子の姿が見られたり、町内会の人達が近くに迫った祭りの準備に勤しんでいたりする。大きな樹木にはさまざまな鳥がやってくる。初夏にはカッコウの声が聞かれ、盛夏には蝉時雨(せみしぐれ)の巣となる。
この数年、夏の夜にキイーー......キイーー......と数秒間のゆったりした周期で繰り返す音が聞こえてくることがある。その響きは、いかにも誰かが、吊りの部分がさびたブランコに乗って揺らしているようであり、あるいは支点の金属が擦れ合うシーソーに乗って遊んでいるような音である。
時に夜中と言ってもいい時間帯に聞こえてくるので、何でこんな夜中に遊具に乗っているのだろうと思っていた。誰か訳ありの人物が、暑い夏の夜に眠れず公園に出てきたのだろうか? でもこんな音を立てては、公園のすぐ隣の家の人にはさぞ迷惑であろう、などと思いを巡らしていた。
この夏の外来で、かかりつけの患者さんが、このところトラツグミがうるさくて眠れないと訴える。私はその時、ピンときた。そこで鳴き声を尋ねると、まさにマンションで聞いていたあの音のようであった。
トラツグミを検索してみると、ヒヨドリ並みの大きさの鳥で、黄褐色で黒い鱗状の斑が密にあることから、トラ(虎)と名付けられたようである。今は便利なもので、その鳴き声もネットで検索、確認できる。その鳴き声は、大変特徴的で、横溝正史原作の映画、「悪霊島」のキャッチコピー「ぬえの鳴く夜は恐ろしい」とあるように、ぬえ=怪物・妖怪の鳴き声として、平安時代から知られている気味の悪い鳴き声である。これが鳥の声と分かったのは、江戸時代に入ってからとある。
このぬえ(漢字で鵺)がまさにトラツグミであった。確かに、あの声を、月明かりと蝋燭(ろうそく)の光しかなかった時代の闇夜に聞いたら、さぞ不気味で、身の毛のよだつ思いであっただろう。
私には、金属の擦れる音に聞こえたが、同じ音を聞いても、環境によって感じ方は異なるものであることを改めて再体験した。この夏知った新知識、患者さんから教わったトラツグミの話でした。
(一部省略)
新潟県 長岡市医師会たより NO.487より