「チョシたら、メッパができて、なんまらイズイです。カッチャイたらブスイロになってサビオはりました。イズクて夜も眠れなくてユルクないです。アズマシクないです」
以前、北海道の僻地に勤務していました。北海道では、言葉も文化も気候も大きく異なることに驚きました。問診は診断の基本であり、患者さんの症状の微妙なニュアンスの違いで正しい診断に到達できることもあります。しかし、微妙なニュアンスどころか、「体のどの部位の、どんな症状を訴えているのかサッパリ分からない」事態に、元来の藪(やぶ)医者度がヒートアップし、激藪医者となってしまいました。
冒頭の患者さんの訴えを訳すと「いじったせいで物貰いができてとても痛いです。掻いたら痣(あざ)ができて絆創膏(ばんそうこう)を貼りました。痛くて夜も眠れなくてつらいです。落ち着きません」となります。
特にニュアンスが分かりにくいものの一つが、「おなかがニヤニヤする」です。お腹にお多福を描いてニヤニヤ笑わせる宴会芸ではなく、「腹部症状の表現」なのですが、「腹痛」を指すのか? 「腹部の違和感」を指すのか? 北海道出身の同僚医師にも聞いてみたのですが今一つスッキリとは理解できませんでした。ニヤニヤとか言われても深刻感がなく、誤診してしまいそうです。
「胸がバフラめく」という、暴走族を彷彿(ほうふつ)とさせるような表現にも困りました。どうやら、「動悸感」を表しているようなのですが......。けれども、バフラめいている患者さんの心電図を撮るとSTとTropTがバフラめいていたこともあり、胸痛要素も含んでいるようです。
それでも道産子(どさんこ)言語能力の向上によって、激藪から普通藪に改善することができたと自負しております。すると、地域の患者さん達が少しだけ認めてくれるようになりました。半径50キロ以内に一医療機関しかない僻地では、医師は北島三郎並みの有名人となり、住宅も全住民の知るところとなっております。
診療の「お礼」は、病院ではなく、「直接自宅に、ご本人持ち込み」となります。更に......北海道の僻地では、「じょっぴんかける=家に鍵を掛ける」ことはマナー違反となっているため、鍵を掛けていない玄関に、随時、時に早朝5時などマナー上問題ある時間に、礼品が無断搬入される事態となっておりました。
礼品は「逃げようとする毛ガニ10匹」「本シシャモ200匹分」「時知らず(北海道では鮭を鮭とは言いません)10匹」「狩猟されたエゾシカもも肉5キロ」「やはり狩猟のヒグマ肉2キロ」など。当然食べきれないので同僚達にお裾分けしようとしても、「飽きてます」と拒絶されるのみです。
しかしながら、玄関に鍋ごと置かれていた、「狩猟されたヒグマの手のひらの煮つけ」は、さすが、楚の成王が懇願した食材として恥じない素晴らしい味でした。かなうものならば、もう一度頂きたいものです。
(一部省略)
福島県 福島県医師会報 第83巻第1号より