はじめに
日本医師会が地域医師会と共に一丸となって、国民の皆様、そして医師に信頼される医師会となるように努めることが求められています。その期待に応えられるように、誠心誠意努めていく覚悟であります。
医師会運営に当たっては、「地域から中央へ」「国民の信頼を得られる医師会へ」「医師の期待に応える医師会へ」「一致団結する強い医師会へ」を四つの柱として進めて参る所存です。
具体的な項目について所信を述べさせて頂きます。
1.国民の健康と生命を守る
日本医師会の役割は、「国民の健康と生命を守る」ことだと考えております。
これは医師の使命であり、全力で当たって参ります。
そのためには、全ての医師並びに医療関係者の理解と協力、そして国を始めとする関係機関との連携が不可欠であり、日本医師会は地域医師会と協力し、誰からも信頼される医師会となるよう努めます。
将来を見据え、いかなる状況になろうとも、国民の健康と生命を守って参ります。
2.現場からの情報収集と連携
医師会活動において最も重要なことは、「現場からの情報収集」を十分に行い、医療現場の問題を取り上げ、医療現場からの声を十分にくみ取り、日本医師会の会務に反映させていくことであります。
そして、情報収集には、地域医師会との連携が不可欠です。地方行政、そして国との情報交換や連携を基にして、地域から国へという流れをしっかりとつくっていきたいと考えています。
医師会活動では情報共有、相互理解、コミュニケーションが重要です。これらを十分に行いながら運営して参ります。
そして、日本医師会の役職員が十分に活動できるよう、環境を整えて参ります。
また、日本医師会の業務は年々増えており、更に多岐にわたっている状況です。この増大する業務量に対しましては、人員の強化も検討して参りたいと思います。職員も含めて、日本医師会の力が総合的に発揮できるような体制にしていきたいと考えております。
現場の声を直接伺うためにも、47都道府県医師会に積極的にお邪魔したいと考えています。今後1年の間にぜひ、お呼び頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。
3.組織力強化
医師会の「組織力強化」は、喫緊の課題として取り組むべき、最重要事項の一つであると認識しております。
一方で組織力強化のためには、政財界などとの連携、行政との協議や折衝を充実させることによって、対外的な存在意義を高めることも重要です。
また、医療を取り巻く環境がこれまで以上の速度で変化し続けている現在においては、その変化に対応し得る多様な人材を、一層確保する必要があります。
そのため、組織力強化に向けて、これから述べますような具体的な取り組みを早急に進めて参ります。
(1)常任理事の増員
まず「常任理事の増員」の検討です。
近年、日本医師会の会務が多岐にわたり拡大している現況を鑑みますと、適切な人員確保及び人材登用は不可欠です。
とりわけ、多様化する会務に資する有能な人材を全国から広く発掘・登用し、適材適所に配置することは、会務遂行能力の一段の向上を図るためにも、避けては通れないものと考えております。
また、先程述べましたように、政財界や行政との対応に更に人員を充てたいと考えています。
医師会組織の強みは、全国各地に漏れなく地域医師会が存在し、その中に、誰よりも、その地域の医療現場を熟知する経験豊富な先生方が多数おられることです。
人材につきましては、地域の実情を知る、有能な先生方に中央に出て頂き、オールジャパンの体制を構築していく中で、その能力を存分に発揮して頂くことが、医師会活動を推進する上で、大きな力になると確信しております。
そのため、現在の常任理事の増員を図るべく、「定款・諸規程検討委員会」を立ち上げ、必要な定款改正等についての検討を行って頂きます。
一人ひとりの役員が、それぞれの職務に、より専念できる環境を整え、地域の声を中央に届ける大きな役割を一段と担って頂きたいと考えております。
地域医師会と日本医師会との連携をより一層緊密にする中で、地域の声を踏まえた政策提言を行い、医師の期待に応えられる医師会、そして、国民の信頼を得られる医師会へとつなげて参ります。
(2)卒後5年間の会費無料化
次に、「卒後5年間の会費無料化」です。
医師会組織力強化に当たっては、会員数の増加を図ると同時に、日本医師会綱領に掲げる理念の下で、組織として一致団結し、組織全体の存在意義を高めていくことが重要です。
とりわけ、若手医師の組織力強化を重点課題と捉え、2015年度からは臨床研修医の会費無料化を実施いたしました。
これに賛同頂ける都道府県医師会及び郡市区等医師会のご協力もあって、多くの臨床研修医の医師会活動への参画を得ることがかないました。しかし、その一方では、残念ながら臨床研修修了後に医師会を退会される方も多く見受けられます。
組織率を上昇に転じさせるためにも、こうした状況を改善し、若手医師の更なる入会促進を図っていくことが必要です。将来の医療界を担う若手医師の存在は大変重要ですが、さまざまな事情から、医師会が若手医師にとって必ずしも近い存在になっていません。次世代を担う医師の育成には、意識改革を含め、早い段階から医師会とのつながりを深められるよう努めていかなければなりません。医師を志した時、あるいはそれ以前からの啓発活動や参加型の活動を、そうした若い方々に呼び掛ける必要があると考えております。
そこで、若手医師の医師会活動への理解を深め、入会継続に向けた経済的支援を図る等の観点から、来年度より会費減免期間を医学部卒業後5年にまで延長し、会費を無料化します。
併せて、6年目以降、会費減免期間終了後も、医師会員として定着して頂けるよう、その期間を通じて、医師及び医師会が果たすべき社会的役割の大きさや、医師会活動の重要性を認識してもらうための取り組みの他、費用負担の側面からの支援などについても、「医師会組織強化検討委員会」を設置し、検討を進めて参ります。
更に、この取り組みの成果を十分に上げるためには、都道府県医師会及び郡市区等医師会のご協力が不可欠でありますので、今後詳細を検討の上、改めて日本医師会と歩調を合わせて頂くよう、全国の医師会に協力をお願いして参ります。
(3)会内委員会のあり方の再検討
「会内委員会のあり方」につきましても再検討し、会長諮問に対して答申を行うだけでなく、その後の実効性を高めていきたいと考えています。
日本医師会の三大会議である「医療政策会議」「学術推進会議」「生命倫理懇談会」は、これまで学者の先生の発表を中心に議論して参りました。
今後は中長期的な課題、例えば医療政策会議であれば、2040年に向けた社会保障のあり方などをご議論頂きたいと思います。
かかりつけ医の課題など、その都度直面する短期的な課題につきましては、プロジェクトやワーキンググループなどで対応していきたいと考えています。
4.新型コロナウイルス感染症及び新興感染症への対応
「新型コロナウイルス感染症への対応」につきましては、公表されている診療・検査医療機関を始め、各医療機関はその役割に応じて可能な範囲で全力で対応頂いていると思います。日本医師会は病床確保のため、四病院団体協議会、全国自治体病院協議会と医療界一丸となって対応し、更には全国知事会、日本経済団体連合会等とも連携をして参りました。
新型コロナウイルス感染症は、発生当初は未知の感染症であったことから、国は感染が疑われる患者さんを受け入れる窓口を限定し、そこに至る電話等相談窓口でキャパシティを超えるという事態も生じました。そして、従来の感染症対策では不十分な点も露呈したため、それに対する体制整備に時間を要したこともあります。また、地域におけるそれぞれの医療機関の役割について、地域行政と医療機関との間でのすり合わせに時間を要した面もありました。
しかし、医療現場はまさにぎりぎりの状態で逼迫(ひっぱく)しつつも、しっかりと患者さんを守って参りました。その結果、G7を始め世界的に見ても、人口当たりの新規感染者数や死亡者数は少なく、多くの患者を入院施設で受け入れるなど、高水準の対応をして参りました。
一方で、感染症まん延時に国民の皆様から「どこを受診したら良いのか?」というご指摘があったことを踏まえ、医師会としても国民の皆様に分かりやすい情報発信をするなど改善をしていかなければなりません。
今後も多くの医療機関にご協力頂くため、日本医師会から地域医師会に情報提供を行うとともに、行政、各団体等との連携に努めて参ります。
感染症発生時の医療提供体制の確保につきましては、国難とも言うべきまん延時の有事に向けて、地域の実情に応じた平時からのしっかりとした議論が重要です。
公立・公的医療機関における協定を締結する義務については、行政との十分な協議・連携に基づいて実施されるのだろうと思います。他方、民間医療機関については、地域ごとに医療機関それぞれの役割があります。地域の実情に応じ、医療機関の設備やスタッフの数等その機能を十分理解した上で、行政との協議を行い、協定の締結を含めて対応して頂くことになると考えています。万一、医療機関が担える役割を超えるような協議が行われるような場合には、協定が結ばれる前に日本医師会に相談して頂ければ対応していく所存です。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは3年目になった現在も収束には至っておりません。4回目接種につきましても、行政とも協力の上、引き続き推進していく必要があります。更に気を引き締めて対応に当たって参ります。
岸田文雄内閣総理大臣は、6月15日にいわゆる「日本版CDC」を創設することを表明されましたが、これは日本医師会が以前から求めていたものです。
また、今後も定期的に発生が予測される新興感染症に対しても、新型コロナウイルス感染症の経験を踏まえて、予防の徹底、治療法の確立、検査体制の充実、初期対応体制の整備、入院体制の強化や病床確保など、しっかりと議論した上で、備えを進めていきたいと考えております。
5.国民皆保険制度及び医療提供体制の堅持と持続性の確保
世界に誇れるわが国の皆保険制度は堅持されなければなりません。また皆保険制度に綻(ほころ)びが生じないよう、持続性を保っていかなければなりません。
(1)社会保障財源の確保
喫緊の課題は次回の診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬のトリプル改定における「社会保障財源の確保」です。
日本医師会が、先程述べたような現場の声を結集し、必要な財源を確保していかなければならないと考えております。
財政当局による厳しい医療費抑制策に対抗するため、更には中医協でしっかり議論を進めるためにも、まずはこの7月の参議院選挙で全国の医師会・医師連盟がその底力を発揮することが極めて重要であると考えています。
(2)政府与党とのコミュニケーション
自民党、公明党を始めとする政府与党の先生方とは、特に普段からのコミュニケーションが大事だと考えています。普段からの付き合いの中で、私どもの考えを正確にお伝えして理解を賜る、あるいは逆に政治家の先生方の考えを傾聴し、それを日本医師会がどう考えていくのかを、心掛けることが一番大事なことだと思っています。普段からのコミュニケーションの中で、しっかりと意見を申し上げていきます。
まずは直面している参議院選挙を勝ち抜いた上で、その後、日本医師連盟を更に強化するような立て直しも喫緊の課題と考えています。
(3)医療提供体制
「医療提供体制」につきましては、ウィズコロナ、ポストコロナを見据えた医療提供体制の整備にはさまざまな課題が山積しております。日本医師会と地域医師会が連携して、地域医療の充実に努め、地域における医療提供体制を確保し、しっかりと守って参ります。
(4)かかりつけ医
「かかりつけ医」についてですが、本日の代表質問において質問を頂いております。
財政制度等審議会のいわゆる「春の建議」や自由民主党の財政健全化推進本部の報告書において「かかりつけ医機能の要件を法制上明確化すべき」と書かれておりましたが、「骨太の方針2022」では「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う」と閣議決定されました。
秋にかけて、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」に関する議論が本格化する見込みです。政府与党の中から、財政再建を重視する立場からも特に厳しい意見が出されてくることが見込まれます。
かかりつけ医機能を発揮することは重要ですが、フリーアクセスが制限されるような制度化については阻止し、必要な時に適切な医療にアクセスできる現在の仕組みを守るよう、会内でしっかりと議論の上、主張して参る所存です。
かかりつけ医はあくまで患者さんが選ぶものです。そして、かかりつけ医の機能を強化して、発揮しやすいような形にしていくことは大事だと思っています。
6.超高齢社会への対応
人生100年時代となり、健康で長生きすることは全ての人々の願いだと思います。「超高齢社会への対応」に向け、医療・介護・保健事業に尽力して参ります。
(1)予防・健康づくり
日本医師会は現在、予防・健康づくりに関する大規模実証事業に参画しています。医師が予防・健康づくりに関与することで、健康増進効果がより高いことを示すエビデンスが出るよう取り組むことが重要です。
また、健康経営も重要な視点です。医療・福祉分野には全国で800万人以上が従事しており、医療従事者自らが健康に働くことが、国民の健康につながっていきます。日本医師会は健康経営優良法人認定制度の大規模法人部門で、3年連続で健康経営優良法人の認定を頂きました。
地域医師会においても健康経営優良法人に認定された医師会は増えつつあり、茨城県医師会、徳島県医師会、姫路市医師会や医療法人・医療機関等が認定を受けています。
今後更に医療分野での健康経営が進むよう、都道府県医師会や郡市区等医師会のご協力をお願いします。
(2)ACPの普及
人生の最終段階における医療の考え方として「ACPの普及」に努めたいと考えております。
人生100年時代を迎えたわが国においては、長寿時代にふさわしい国民一人ひとりの希望に沿った生き方を実現していくことが重要な視点となります。
とりわけ、人生の最終段階における医療においては、家族や医療関係者等が、患者さんにどのように寄り添うかが、これまで以上に大きな課題となっています。
日本医師会は、引き続き、ACPの一段の普及・啓発とその実践に向けた取り組みを推進していく中で、患者さんにとって最善となる医療及びケアのより一層の充実を図ることを通じて、本人の尊厳ある生き方を支援して参ります。
7.医師の働き方改革
「医師の働き方改革」について、医師、特に勤務医の健康を守るという基本姿勢は維持しつつ、地域医療体制も守ることを両立させていかなければなりません。
本日の代表質問において質問を頂いておりますが、2024年度から始まる時間外労働上限規制適用につきましては、コロナ禍で医師・医療機関が疲弊している中、これは慎重に進めていく必要があり、拙速な対応は避けなければならないと考えております。
なお、日本医師会は、「医療機関勤務環境評価センター」の指定を受けました。それに伴い、7月1日より事務局内に「医師の働き方改革推進室」を設置して対応して参ります。
8.国民の信頼回復のための情報発信
日本医師会からの情報発信につきましては、多くの国民に対して医療に関する正確な情報を伝達していくことは大変に重要なことであります。
また、医師会に対する正しい理解や判断をして頂くためにも、各種報道等を通して十分な情報を発信し、国民の皆さんと情報を共有していくことも重要であると考えております。
そして、正確な情報を迅速に発信することにより、国民の安全を守ることができると考えます。
情報発信や情報伝達の方法は、大きく変化しており、今までの方法では対応できなくなっている面もあるかと思います。よって、広報機能を再検討していきたいと考えております。
9.医療界におけるDX
「医療界におけるDX」も更に検討していく必要があります。
「骨太の方針2022」において、政府に総理を本部長とし、関係閣僚により構成される「医療DX推進本部」を設置することが提言されておりますが、現場の意見をしっかりと反映して頂けるよう求めて参ります。
また、オンライン資格確認の推進について、日本医師会は、日本歯科医師会、日本薬剤師会と共に「オンライン資格確認推進協議会」を立ち上げて、普及促進に取り組んでおります。
2023年4月からのオンライン資格確認の原則義務化は、コロナ禍や機材の供給不足、ベンダーの対応能力等の状況を考えれば、現場感覚としてはスケジュール的になかなか難しいのではないかとも考えます。
医療現場や国民に混乱を来すことのないよう、導入・維持に対する十分な財政支援等、行政とも丁寧な対話に努めるとともに、きめ細やかな周知・広報による国民・医療機関双方の理解の醸成を求めていきます。