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令和4年(2022年)11月20日(日) / 南から北から / 日医ニュース

余分なおまけ

 平成6年の晩春の朝、秩父の駅はまだ肌寒い。居合道7段昇段審査の受験で、これから体育館に行く。
 午前9時、会場に着いて、まず2階の観覧席の室温を測ると、15度だった。これまでの経験から、会場の室温が15度以下だと体の動きが不自由になるのを知っている。これから照明や参加者の体温で温度は上昇するはずだ。今度はうまくいくぞ。午前11時、何とクーラーがグーグー唸(うな)り始めたのだ。2階の温度が13度に下がった。これでは落第するかも。午前の部の審査が終わるや、準備体操をする場所は無いかと探した。幸運の神様は実在した。
 午後1時、審査の再開だ。審査員は6名、受験者は4名1組で、横1列に並び演武する。演武時間は5分以内で、オーバーすると失格だ。腰回りにはまだ予備稽古の余熱が残っている。下腹にグイと気を押し込んだ。
 さて、合格者発表である。太い黒い文字で番号の並ぶ紙が張り出されると、人群れの頭越しにつま先立って張り紙に目玉を泳がす。
 「あれ......?」「自分の番号は......?」
 自分の頭に番号が無い。会場の温度やら、演武が終わって気が抜けたことやら、いろいろ重なって大切な番号がどこかに飛び散ってしまった。「番号、忘れちゃった」。うっかり口に出てしまったら、後ろから、「あんた、合格してますよ」。振り返ると顔見知りの富山の人だった。左胸に受験番号のゼッケンがキラキラと光を跳ね返していて、「私の一つ前の番号だから分かりますよ」と、ニコニコしている。「あれ......!」と、改めて目を落とすと、自分の胸にゼッケンが下がっていた。
 受験番号が年齢順だったので、顔の記憶が残っていた。ということは、前の年の受験で共に落第した仲間だったのではないか。
 おやおや、失礼なおまけが付いてしまった。外は、黄色く明るい光が輝いていた。

新潟県 新潟県医師会報 NO.862より

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