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令和5年(2023年)4月5日(水) / 日医ニュース

大どんでん返し

 大学2年の春休みに、40日間のヨーロッパひとり旅をした。バイトで貯めた50万円は、東京・パリの往復航空券とヨーロッパの列車乗り放題のユーレイルパスを購入したら、20万円しか残らなかった。北に行くか南に行くかは、その日の気分次第。食事代や宿泊代を全て含めて1日の予算は5千円という、寝袋を持っての貧乏旅行だった。
 帰国前のある日、パリで事件は起きた。夕食の後、夜のカルチエ・ラタンを散策していた時のこと、「Thief(泥棒)」と言う叫び声と同時に、一人の男が駆け抜けていった。すぐさま何人かが追いかけ、私もそれに続いた。男は次の交差点を右に曲がり、我々も右折したが、そこは行き止まりだった。
 男は静かに振り返った。レスラーのような立派な体格で、泥棒には不適切な表現だが、まさに威風堂々。しばらくのにらみ合いの後、彼はゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。前にいた誰もが道を開ける、大どんでん返し。私も、後から来た人達も、誰も飛び掛かれない。全員が壁際に下がり道を開け、彼は悠然と夜の町に消えていった。
 数年後、研修医になった。「よろしくお願いします」と言う患者さんのほとんどは、私より年配だ。良いか悪いかは別として、誰でも交差点を曲がれば、それなりの世界を持っている。それから35年間、少しの恐怖感と大いなる敬意を持って、患者さんには接してきたつもりだが、それでも何度かは交差点を曲がった。
 今では、とても懐かしい思い出である。

(グレートさくら)

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