勤務医のページ
南極・昭和基地
私は第65次南極地域観測隊医療隊員として、2023年11月に日本を出発。オーストラリアまで飛行機で、オーストラリア・フリーマントル港から南極観測船「しらせ」で3週間掛けて、日本から約1万4000キロメートル離れた南極・昭和基地に到着した。2025年2月初旬頃まで滞在する予定である。
昭和基地は1957年、第1次南極地域観測隊により、南極大陸から約4キロメートル離れた東オングル島に開設された。約60年にわたり観測が継続されている。
日本から昭和基地への人員・物資輸送は原則、南極観測船「しらせ」による1年に1度きりである。夏期間には人員・物資輸送、緊急医療搬送目的に東南極に基地を持つ12カ国が共同運航している航空網、DROMLAN(Dronning Maud Land Air Network)が利用できる。
DROMLANを利用した緊急搬出事案は過去2件あるが、冬期間はDROMLANを利用できず、「しらせ」等の砕氷船でさえも接岸困難な厚い氷に閉ざされ、緊急搬出することはできない。隣接する越冬基地も約1000キロメートル離れており、容易には往来することができないため、昭和基地は地球上の究極のへき地と言える。
夏期間には昭和基地に夏隊員と越冬隊員で約100人近くいるが、現在越冬期間は27人(うち女性3人)の越冬隊員のみで暮らしている。医療隊員は2人で、隊員の健康管理を行っている。
医療隊員の仕事
昭和基地内の医務室は基地主要施設である管理棟内にある。医務室には手術室があり、過去には脊髄くも膜下麻酔による虫垂炎手術や痔核手術が行われた。検査機器はX線撮影装置、簡易的な生化学検査、血球検査、超音波検査装置がある。
日本では多職種による分業化が進んでおり、医師が検査機器や放射線機器を扱う機会は少なくなっているが、昭和基地には臨床検査技師や放射線技師はおらず、看護師もいない。医療隊員のみで実施しており、改めてチーム医療のありがたさを実感している。
歯科治療室もあるが、歯科医も不在であるため、医療隊員は出発前に歯科研修を行っている。クラウンやインレーが脱落することもあり、再接着をしている。
診療件数は年間200~300件程度であり、整形外科、皮膚科疾患が半数を占めている。南極ならではの皮膚科疾患には、厳寒下での作業による凍傷がある。集団生活をしているため白癬が流行することもあり、早期発見・治療が重要である。
更に、水質検査を毎月行っている。以前に低温に適応したレジオネラ菌が検出されたこともあり、レジオネラ感染症の迅速検査キットを用意している。
また、医療隊員だとしても、一隊員として、昭和基地の維持管理をしなければならない。出発前に国内で重機の扱い方の講習を受けており、バックホーやブルドーザーを扱い基地周辺の除雪を行う他、夏期間には新しい建物を建てる。
医者は調合が得意であろうということでコンクリートを調合し、練る仕事もあり、今年は約600キロのコンクリートを練った。
南極地域観測
1957年から1958年の国際地球観測年に南極調査研究目的のため、戦後間もない日本を含む12カ国の国際協力体制が築かれ、1959年に南極条約が採択された。
日本の南極地域観測は現在も国際的な枠組みの中で、文部科学大臣を本部長とする南極地域観測統合推進本部の下、多くの省庁や大学等の研究機関、企業等の協力の下に行われている。
日本の観測隊は数多くの世界的な貢献があるが、その中でも1982年に忠鉢繁第23次南極地域観測隊員が、昭和基地でのオゾン全量観測値で9月から10月に掛けて大幅な減少を発見し、オゾンホールの発見につながったのは大きな成果の好例である。紫外線による人体への影響に関心が集まり、フロンガス規制が進んだ。基本データの継続的な長期観測が重要であり、現在も定常観測・モニタリング観測が続けられている。
2022年よりメインテーマ「過去と現在の南極から探る将来の地球環境システム」の第Ⅹ期6カ年計画が進行している。
地球全体の氷の90%を占める南極氷床の変動予測は、気候変動の将来予測に重要な要素であり、南極氷床が全て融解してしまうと約60メートルの海面上昇を引き起こす可能性さえある。
いまだ不確実性の残っている過去と現在の南極での変動とその機構の解明が喫緊の課題で、重点的な観測が進められている。
WHOの報告によると、気候変動関連死者数は年間1300万人以上とも言われている。一方、世界の平均気温上昇を「2度未満」に抑えることを目的としたパリ協定を達成できれば、年間100万人の命を救うことができ、2030年から2050年に、年間25万人増えると予想されている栄養失調、マラリア、下痢、熱中症による気候変動関連死が予防できると言われている。医療従事者として気候変動に関心を持つことは重要である。
南極地域観測隊医療隊員は例年公募が行われている。また、観測隊ブログ、YouTube、Instagram等で広報活動を行っている。国立極地研究所のホームページ、SNSを参照されたい。
最後に、2025年2月に隊員全員が笑顔で日本に帰国できるよう医療隊員として隊員の健康管理を行いつつ、残りわずかの南極生活を楽しもうと思っている。