八戸(はちのへ)で勤務の時、漁船乗組員が脳卒中になり、その船から病院までの搬送に医師として関わった「洋上救急」についてのお話です。
緊急の事態ですから準備も程々に、男性の看護師と共に自衛隊基地に向かい、ヘリコプターに乗り込んで海の上を夜間飛行しました。近くに待機する海上保安庁の大型巡視船に乗り込むためです。フライトの途中、明かりを灯す民間の船が何もない暗闇の中を航行しており、そのポツンとした孤独感と温かい電球の色がなぜか印象的でした。
巡視船では船長やスタッフの方々から厚遇を受け、一番風呂に入らせてもらったり、個室の船室をあてがってもらったりしました。食事をおいしく頂き(往路は酔わなかったので)、いろいろとお話を伺ったりもしました。
夜が明けて、周りが水平線だけの海原をしばらく進み、ようやく目的地へ。巡視船にはヘリコプターが格納されており、若き機動救難士(いわゆる海猿)がそのヘリで当の漁船に向かいました。私は巡視船にいて、ヘリが飛び立ち、しばらくして何も見えない空からへリが徐々に現れて戻ってくるところを見ていました。
後で動画を見せて頂くと、波打つ中を進む漁船の真上を同じスピードで飛び続けながら、ロープ伝いに機動救難士が船上に降り、アンテナやレーダーなどの船の障害物を避けるようにして、患者さんを上空のヘリに引き上げるという救助でした。ヘリの機長は優秀なベテランとのことで、巡視船のスタッフから厚く信頼されていました。また、2人の機動救難士は過酷な訓練を長期間にわたって続けている(ので家に帰れない/笑)と語ってくれました。今でもあの方々を心服する気持ちに変わりはありません。
患者さんは麻痺と構音障害が軽度であり、脳梗塞か脳出血かは分からなくとも、脱水に留意してバイタルサインを安定させれば良いといった状況でした。
あとはわれわれ医療チームに任せてとの気負いは、しかしながらもろくも現実の荒波に飲み込まれてしまいました。復路は私と看護師がひどい船酔いになってしまったのです。患者さんのベッドの脇で常に付き添うようにしていましたが、はた目には、重症感は医療チーム側にあったのかも知れません。それでも医療者としての矜持(きょうじ)を保つよう「患者さんと共に」頑張りながら、何とか病院までたどり着きました。
幸い病状の悪化なく、頭部CTでは小さな脳出血であることが分かり、リハビリテーションをして患者さんはその後無事に地元に戻られました。
日本の洋上救急は世界的に見ても優れたシステムです。はるか遠い洋上での急病者に対し、日々訓練を重ねている方々による総力を挙げた救援活動に参加させて頂いた時の経験談です。
(一部省略)
岩手県 きたかみ医報 第523号より