日医ニュース
日医ニュース目次 第1015号(平成15年12月20日)

日本医師会のSARS対策─レベル別危機管理対策指針
日医感染症危機管理対策室長 雪下國雄

はじめに
 「日本医師会のSARS対策」については,日医ニュース(平成15年7月5日号)に掲載し,SARSが疑われる場合の対応,知らずに来院した患者のなかでSARS(疑い例・可能性例)を診断した場合の対応について分類し,詳述した.
 また,SARSの診断と治療および患者の管理については,日医・厚生労働省監修の「感染症の診断・治療ガイドライン」の追捕版(>>PDF版はこちら)として,日医雑誌平成15年9月1日号に掲載した.
 特に,SARSについては,いまだ日本での発生経験はなく,病気の特性を考えれば,その発生の蓋然性を考慮し,次の3段階に分け,その必要に応じた最良の対策を講ずることが必要である.

第1レベル:平常時
第2レベル:国外でのSARS発生時
第3レベル:国内でのSARS発生時

 今回は,その各レベルに分けて,SARSの危機管理対策指針をまとめて報告する.

I.第1レベル(平常時)
(1)医療機関の整備(図-1参照)

図-1 SARSに対する医療の確保

1)SARS入院対応医療機関の整備
 全国で287施設に陰圧病床739床(平成15年5月27日現在)が整備されている.各都道府県ごとに確認のうえ,全医療機関に情報提供すること.
2)SARS外来診療協力医療機関
 感染症指定医療機関(第1種,第2種)での外来対応はわずかに約100施設にすぎず,対応が不可能であることから,外来対応をうける協力医療機関を公募し,パーティション等設備費約50万円,マスク・ガウン・手袋等の感染防御資器材費40万円を緊急補助し,全国759施設(平成15年10月6日現在)に整備された.この数は,各2次医療圏に平均2カ所あることになり,SARSの初期の外来診療を担当することになる.
3)一般医療機関―予期せぬ来院―への対応
 知らずに一般医療機関を訪れたSARSの疑い例,可能性例の患者の取り扱いについては,すみやかに保健所に通報するとともに,指定医療機関(入院,初期診療)への搬送を原則とする.そのために必要な装備N95マスク,ガウン,手袋をセット(日本医師会3点セット)して,各郡市区医師会,都道府県医師会,日本医師会に配置するとともに,国からは医療機関が使用するためのものとして,1保健所あたり100セット備蓄された.各郡市区医師会は,事前に保健所と打ち合わせのうえ,SARS発生時に敏速に対応できるよう体制を整えておくこと.

(2)医師の研修と自覚
 SARSの診断・治療,患者の管理については,日医・厚生労働省監修の「感染症の診断・治療ガイドライン」の追捕版として,「重症急性呼吸器症候群(SARS)」を日医雑誌第130巻第5号(平成15年(2003年)9月1日号,P805〜810)に掲載し,全会員に配布した.また,WHO等世界の情報や厚生労働省,国立感染症研究所の情報についても,その都度情報提供してきた.万が一,日本でSARS発生の時には,早期発見,早期治療により,その被害を最小限にとどめるよう,勇気と自信をもって対応できる準備が望まれる.

(3)情報連絡網の整備(図-2参照)

図-2 日医における感染症発生時の危機管理体制

 日本医師会感染症情報ネットワークにより,会員への双方向性の情報交換を行うとともに,厚生労働省,国立感染症研究所等との意見の交換を密にして,危機管理体制を構築している.

(4)高齢者ならびに医療関係者に対するインフルエンザ対策(ワクチン接種)

II.第2レベル(国外での発生時)
(1)水際作戦の強化
 本年11月に改正され,強化された感染症法や検疫法を駆使して,国内への上陸を徹底して防御する水際作戦を実施すること.

  1. 渡航に関する助言
    流行地への渡航制限
  2. 質問票等による健康確認(流行地よりの航空便)
  3. 体温測定の実施
    サーモグラフィや体温計による体温測定
  4. 入国後の健康確認
    SARS診療医療機関で働いていた者,SARS患者との接触のあった入国者に対して,一定期間(潜伏期間)検疫所への健康状態の報告義務
  5. 動物等への輸入禁止(平常時より実施)
(2)電話相談によるSARS外来対応医療機関への受診指導
 電話相談については,積極的に応受し,38℃以上の発熱とせき・息切れ等の呼吸器症状があり,10日以内に流行地域から帰国したり,または10日以内にSARS患者と濃厚な接触があった患者については,外来・入院対応医療機関への受診を指示する.

(3)SARS情報の徹底
 外国におけるSARS発生状況を,すみやかに,かつ詳細に医療機関並びに国民に情報提供することが重要である.

(4)重点地域の指定と対策強化
 外国における発生地域の特定により,その地区,媒介手段により国内への侵入地域が予測される場合がある.それらの地区を重点地域に指定し,サーベイランスの強化と予防対策の強化に努めることが有効である.

(5)対策本部の設置
 日本医師会における感染症危機管理対策は,日医感染症危機管理対策室を中心に実施され,「感染症・食中毒情報」日報として報告しているが,第2レベルにおいては,日医SARS対策本部を設置し,厚生労働省,国立感染症研究所,検疫所,医療機関等よりの情報を集積し,日報のなかに特にSARS関連情報をまとめ掲載し,会員並びに国民への情報提供に努める.

III.第3レベル(国内発生時)
 早期発見に全力をあげるとともに,発見時は完全な封じ込めが必要である.
 一類感染症としてのSARSの封じ込めについては,時には,(消毒により蔓延防止が図れない場合)施設の封鎖,医療関係者の就業制限等が強要されることが想定される.封じ込めにおいては,何等かの犠牲を伴うことは避けられないが,その犠牲を最小限にとどめる努力をするとともに,その医療機関に関しては,何等かの補償を考えなければならない.
 中国本土広東省の蔓延では,医療関係者がその30%を超えており,また,世界に拡げた,いわゆるスーパースプレッダーは一人の中国人医師だったというし,国内を騒がせたSARS騒動も台湾人医師であった.医師は,SARSに対する正しい知識と自覚を持ち,その対策には真正面から立ち向かい,国民を安心させることが責務であり,期待されている.
 医師が,安全にその任務を果たせるよう,万全を期さなければならない.

このページのトップへ

日本医師会ホームページ http://www.med.or.jp/
Copyright (C) Japan Medical Association. All rights reserved.