平成27年度医療政策シンポジウムが2月19日、「社会保障と市場の原理」をテーマとして日医会館大講堂で開催された。 当日は、3名の有識者による講演の後、パネルディスカッションでは、「国民皆保険を維持していくためには何が必要か」などについて、活発な意見交換が行われた。 |
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シンポジウムは、中川俊男副会長、石川広己常任理事の司会で開会。冒頭あいさつした横倉義武会長は、「わが国において急速に少子高齢化が進む中、今後も公的医療保険給付の範囲を狭める圧力は続いていく」とした上で、「我々医療者は時代に即した『改革』を進めながら、過不足ない適切な医療が提供できるよう提言していく必要がある」との考えを示した。
また、安倍晋三内閣総理大臣が、アベノミクスの第二ステージとして、「一億総活躍社会」を重要課題の一つに据え、経済成長の推進力として掲げた「新たな三本の矢」の一つを「安心につながる社会保障」としていることや、5月末の伊勢志摩サミットでは、日本が主導するグローバルヘルスケアが議題の一つになることにも言及。「こうした時期に本シンポジウムを開催することができたことは意義深い」と述べ、その成果に期待を寄せた。
講演1 「社会保障に関する市場と政府の役割分担」
八田 達夫 (公財)アジア成長研究所長
八田氏は、社会保障における市場と政府の役割分担を明確に分けるべきと指摘。
基本的には、市場に資源の配分を任せ、新規企業が自由に参入し、競争することを許すべきであり、政府は、低所得者への所得再分配や市場の失敗の是正など、市場を補完する役割を果たすべきであるとした。
更に、政府が参入制限の撤廃など、一貫して効率化政策を行えば、既得権を失った人も、長期的に見れば恩恵を受けることになり、特に、子どもや孫の世代では、皆が得をする可能性が高いと解説した。
また、医療保険や介護保険など情報の非対称性が高い保険は、「社会保険」として強制加入させるべきであり、日本のように、国が全国民を強制的に健康保険に加入させることは、「市場の失敗を防ぐ」という意味でも意義があるとした。
今後の医療に関する課題としては、「最低限の部分は強制加入の社会保険で対応し、それ以上の付加的な部分に関しては選択に委ねることがあっても良いのではないか」と述べ、混合保険を提案した。
講演2 「公益資本主義と医学の使命」
原 丈人 内閣府参与兼元経済財政諮問会議専門調査会会長代理/デフタ・パートナーズ・グループ会長
原氏は、米国で見られる行き過ぎた株主資本主義の問題点について具体的な事例を挙げて解説。
その上で自身が提唱する「公益資本主義」については、「その概念は、会社は『社会の公器』であり、会社を支える『社中(共通の目的を持つ仲間:株主、従業員、顧客、取引先、地域社会など)』によって成り立っているものであることから、それら全てに貢献すべきというものであり、社会全体に広く利益を還元する会社を評価することである」と説明。公益資本主義を日本から世界に発信することで、この考え方を浸透させることができれば、世界中に持続的な成長を促すシステムを構築することも可能だとした。
また、「天寿を全うする直前まで健康であることを実現すること」が、関心事であり、自身の提言する「医学の使命」であるとした上で、その実現のためにも日本が先端医療・再生医療の分野において世界をリードしていくべきだと強調。医療特区で新薬の治験を行う構想などを具体的に提案した他、自身の途上国での活動を紹介した。
講演3 「社会保障の財政学からのアプローチ」
神野 直彦 東京大学名誉教授
神野氏は、財政学の誕生の歴史などを解説するとともに、財政学は協力原理が基本にあり、その財政学を背景として社会保障が形成されてきたと説明。市場社会は、「お金儲けをしてよい経済」と「お金儲けをしてはいけない経済」から形成されているが、財政は民主主義で運営される「お金儲けをしてはいけない経済」だとした。
また、「医療は『欲望』ではなく、『基礎的ニーズ(人間が生存していくために欠けてはならないもの』であり、全ての社会の構成員の共同意思決定の下に『悲しみを分かち合う』制度を創り出すことが医療改革の目的である」とし、「その使命を忘れてしまうと医療費抑制の論理が働く」と述べるとともに、「現金給付」は不正を招くとして、「現物給付」の優位性を指摘した。
更に、医療や教育、福祉という社会サービスは、「悲しみの分かち合い」であるとした上で、社会保障が動揺するのは、経済成長の鈍化や人口構造の変化よりも、むしろその「分かち合い」という「仲間意識」の喪失に原因があるとした。
パネルディスカッション「社会保障と市場の原理」について討議
引き続き、中川副会長、石川常任理事が座長を務め、横倉会長も加わった4名によるパネルディスカッションが行われた。
初めに、横倉会長は、「必要な公的サービスを必要な時期に適切に受けられるような体制をつくり、格差社会の是正を実現することにより、将来に夢を持てる社会をつくり上げていくことは政治の役割であると思うが、医療の分野で我々はどういう夢を次の世代へバトンタッチできるかということが重要だと感じた」と3名の講演を聞いた感想を述べた。
その後は、活発な討議が行われた。
司会の中川副会長からの「公的医療保険制度下の国民皆保険をこれからも持続させていくためには何が必要か?」との問いには、「国民が、財政の枠の中で何を基準にどれだけの負担をするのかを選択しなくてはいけない」(八田氏)、「国民の権利を最低限保障する部分を国民皆保険でカバーすることは重要。そこから先はいろいろなチョイスを提供できるようにすべき。特に終末期の医療に関しては選択肢を与えることによって医療費を軽減し、家族及び本人の意思を尊重するような政策を取っていくのが良い」(原氏、「医療を支えていくには、社会の基盤が一番重要。支え合っていこうという市民的な基盤がないと成り立たない」(神野氏、「今、高額な医薬品や医療機器をどこまで国民皆保険でカバーできるかという大きな課題に向き合っているが、差別化のない社会づくりをすることが必要」(横倉会長などの意見が出された。
最後に中川副会長が、原氏の講演内容にも触れながら、「先端医療が日本を救うという可能性は十分ある。治療が困難な病気は日本に行けば治るかも知れないということをぜひ実現させたい」とあいさつし、シンポジウムは終了となった。