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平成30年(2018年)5月5日(土) / 南から北から / 日医ニュース

ブレイクタイム

 ある日の外来のこと。のっけから切り出された。「先生、前の病院に戻りたいんです。紹介状を書いて下さい」。半年以上前に総合病院から逆紹介を受けた方である。特にトラブルはなく、会話も穏やかだ。もちろん容体も安定している。「ん?」と思ったが、訳を聞く道理もなく、「そうですか」と紹介状を書いた。「いや、元の所が懐かしくなりましてね」とのこと。
 少し気になったので、後でスタッフに聞いてみた。最初は皆、「何かあったっけ?」程度の反応だったが、徐々に「もしかしたら......」が出てきた。受付やナースに、「投薬期間が短いな......、前の病院では毎回すぐに検査結果をレポートでくれた......、支払額が違うね......」等々、プチ不満を遠慮がちにも口にされていたようだ。
 確かに元の病院では3カ月処方だったのを、こちらでは6週としていた。だが、もちろん同意のもと。う~ん、どれもこれも言われてみればもっともだけど、と合点しつつも喉に小骨の刺さった気分。
 ふと以前読んだ話を思い出した。クレームと言えば不満爆発型が普通だが、片や事を荒立てずに静かに去っていくのも一つのタイプだとか。この場合、確かに嫌な思いはせずに済むが、気づきのチャンスを逃しかねない。今やネット社会、最近では医療機関の口コミサイトもあるらしい。
 さて先日、医師会でクレーム対応の研修会があった。そんなことがあった後だったので少し興味があった。法的あるいは自己啓発的なものとは違い、日常の接遇レベルの話である。その中で、"自分の......べき、を変える"というポイントが面白かった。日頃相手に対して、つい自分の視点で何々すべき、こうあるべき、と決め込んでしまうことがよくある。受け入れる心の器の容量は一定なので、"......べき"を超えた感情が積み重なると一気に怒りとなって溢れ出てしまい、互いに収拾不能になるのだとか。言われてみると単純なことだが妙に腑に落ちた。
 そう言えば、悩ましき医療の場に救急外来がある。特に夜間当直では「何もこの程度でこの時間はないゾ。昼間のうちにどこか受診してくれ。こっちは朝から普通に仕事なんだ!」といった心の雄叫びは日常茶飯である。眠気にかまけてついムッとした顔になるのが人の情だが、態度に出ると今度はクレームとして跳ね返ってしまい、後で裏方さん達が右往左往である。
 こちら側の"......べき"を患者側から見ると、「こちらは症状があって、それなりのワケもあって今来てるんです。ちゃんと支払いもします。だからきちんと診察すべきでしょ!」ってことになり、見事に感情のもつれが成立してしまう。
 医者になって30数年、日常診療を振り返れば、そんなこんなの繰り返しだ。てな時に、「しゃあないもんはしゃあないか~」くらいにほんの少し鷹揚(おうよう)に構えることができないか、と考えてみたりする。そうすれば、縦横斜めの関係を少しは滑らかにできたかもと思いつつ、今更この性分はどうにもならず、日々反省である。

富山県 富山市医師会報 第554号より

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