天橋立へ旅行した。帰りに、京都府綾部市のグンゼスクエアに立ち寄り、"「郡是」ってどう読む?"という看板に目を引かれ、グンゼ資料館に入った。
グンゼは明治29年、京都府綾部市(旧何鹿(いかるが)郡)に創業者の波多野鶴吉氏によって設立された。
当時、産業立国策を唱えていた元官僚の前田正名氏の「今日の急務は国是(こくぜ) 県是(けんぜ) 郡是(ぐんぜ) 村是(そんぜ)を定むるにあり」という思いに共感した波多野氏は、郡是(何鹿郡の進むべき方針)として蚕糸(さんし)業発展を志し、その強い思いを「郡是製絲株式會社」という社名に託した。
波多野氏は、製糸業の経営にもっとも重要なものは繭でも資本でもなく、「社会からも、職工からも十二分に信用を得たる経営者その人であり、至誠の人というに他ならない」と語り、「至誠」という言葉を生涯大切にした。
更に、波多野氏はキリスト教と出会ったことによって、愛の尊さを知る。「会社は学校と異なり、休日に教えるのであるから、なかなか骨が折れる。愛がなくては仕事に興味がない。教授法や口先が下手でも、愛でかたまったような人は仕事に熱心である」とも語っている。
「愛と至誠」を胸に刻んで、蚕糸業の再生による地域振興と共存共栄を目指した。
私達医師は、研修医時代には先輩医師から技術習得やキャリアアップのために、この精神で毎日指導を受け、数年後には後輩医師に同様のことをしてきた。
医師の働き方改革を進めながらも、この当たり前のことが今後も続けられるようにしなくてはならない。
(洋)