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令和3年(2021年)4月5日(月) / 南から北から / 日医ニュース

米を炊く

 社会人になってから外食メインだった私の生活は、ステイホームへの転換でまさに味気ないものとなってしまった。
 コンビニ弁当は種類も多く、味も昔より格段に進化しているが、毎日となると飽きてしまい、新商品も何となく味が予想できてしまう。同じコンビニに大体同じ時間に通い詰めると店員も大体同じで、ある日会計した際、いつもありがとうございます、と笑顔で言われ若干赤面した。
 これではいかん、と言うことで翌日、私は同じコンビニで米2合と惣菜を数点買った。弁当からの卒業を決意し、自炊入門としてまず米を選んだわけである。
 水で洗った米を釜に入れ、慎重に水を2合の目盛にセットする。数年ぶりに炊飯器のスイッチを入れしばらくすると、湿度をまとった良い匂いがしてきた。炊き上がりを知らせる電子音が鳴り蓋(ふた)を開けると、むんとした湯気の中で白い米がまだぐつぐつ言っている。2合ってまあまあ多いな、などわざわざ声に出したりしながら茶碗に炊きたての米を入れ、レンジで温めたおかずと一緒に食卓に並べると、ヴィジュアル的には予想以上である。
 いただきます、と手を合わせ先に米を口に運ぶと、米の一粒一粒にしっかりした芯があり、火の通り切っていない白いパエリアを食っているようなパサパサ感が食欲を削ぐ。非常に、まずい。
 おかずと一緒に米を茶で流し込み何とか食事を終え、私は敗因を考えた。「反省するのが我々の仕事」とは上司の受け売りだが、米を洗う・水を入れる・炊飯器のスイッチを入れる、の工程のどこでミスが起こると言うのか。米は買いたてで、炊飯器はJIS規格をクリアしている。ということは水が少なかったから? そう思い、後日少し多めの水で米を炊いてみた。しかし今度は、口に運ぶと既に誰かに咀嚼(そしゃく)された後のような柔らかさで、全くコシがない。まずいことに変わりはないが、性状の変化は感じられたので、その後も水分量の微調整を行う日々が続いた。まれにそこそこの炊き上がりの日もあったが、毎度でき栄えは安定しなかった。
 ある日、私は炊飯器のタイマー機能を利用することにしたのだが、朝仕込み夜食べた米は、これまでで一番うまかった。しかも同じやり方をすると、米の炊き上がりに再現性があるのである。そこでやっと私は気が付いた。必要なのは「浸水時間」だったのだ。インターネットで調べると、浸水により米のアルファ化なるものが進むことで均一にふっくら炊き上がるのだそうだ。ああ、もっと早く調べれば良かった。しかも高級機種では勝手に浸水時間を決めて炊いてくれるなんてものまであるらしく、欲しくなる。
 炊飯器を使いこなすまでに少し時間が掛かり、いつの間にか季節は中秋に入った。最近ではレシピを調べ、スーパーに米以外の食材を買いに行くこともある。こちらはレシピどおりに作れば何でもそこそこうまくできるし、家ではあまり飲み過ぎないのも良い。とは言え、やっぱり外で食べるメシの方が一人より何倍もうまいな、といつも思う。炊飯器のタイマーをセットする生活は思ったより長引いてはいるが、私が高級炊飯器に手を出してしまう前にこの厄災が終息してくれることを祈る。

滋賀県 滋賀県医師会報 第871号より

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