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令和3年(2021年)10月20日(水) / 南から北から / 日医ニュース

素敵なご縁

 毎年わが家に届く年賀状と暑中見舞い。そこには目を輝かせた三十数名の子ども達の笑顔が溢れています。送り主は小学校の女性教諭。教授が執刀され、私が研修医1年目に受け持たせて頂いた患者様です。
 その方は、8人部屋に入院されていました。同室の方は婦人科系の悪性腫瘍を患った方々です。しかし、そのお部屋には不思議と暗さはなく、むしろ笑い声をよく耳にしました。おひとりおひとりがご自分の病気と向き合い、闘いながら前向きに過ごされていました。二十数年前の当時は、化学療法も外来通院ではなく、2、3カ月~数カ月と長期にわたる入院治療が珍しくありませんでした。化学療法中の方は回を重ねるごとに静脈確保が難しくなってきます。研修医で手技が末熟な私が1度、2度失敗しても「私、血管細いから」とさり気なく心遣いをして下さる方でした。
 朝から長時間の手術に第二助手として入って、何とかギリギリ消灯間際に駆け込みでお部屋に回診に伺った時も、「先生、朝から何も食べてないんでしょ。おなか空いたら仕事にならないわよ」とお菓子を差し出して下さったり、逆に私の体のことを心配して下さる方もいらっしゃいました。
 大変な病気と闘いながらも相手の気持ちを察し、周囲への心配りを忘れないお姿に人として大切なことを教わった気がします。自分がもし反対の立場であった時に、果たして同じ言動ができるのだろうか、正直自信はありません。その当時同室で入院生活を共にされていた方の中には、残念ながらその後、お亡くなりになった方もいらっしゃいますが、今でも数名で年に1度同窓会を開き、楽しいひとときを過ごされているそうです。
 年賀状の写真に納まる子ども達の楽しそうな表情はいつも一緒です。毎年担当する学年やクラスが違っても例外なく目を輝かせた子が多く、1枚の写真からクラスの雰囲気が伝わってきます。
 以前お目に掛かった時に伺ったことがあります。「今いろいろな問題を抱えたお子さん、ご家庭が多く、クラスをまとめるのに大変なご苦労をされている先生も多いと聞きます。授業崩壊という言葉も耳にしますし。実際は多々ご苦労をされていらっしゃるのかも知れませんが、いつも送って頂くお写真を拝見する限り、〇〇さんが担当されるクラスのお子さん達は、みんな楽しそうで目を輝かせてとても良い表情をされていますよね」と。
 すると、こんなことをおっしゃいました。「復職して教壇に立った時に思ったんです。せっかく先生方に救って頂いた命。再び大好きな教師という職に戻れたのだから、私が受け持つ子ども達には自分の子と同じように接して、今まで以上に愛情を注いでいこうと。ただそう思って日々過ごしているだけなので、特別なことをしているわけではないんですよ。たまたま良い子ども達に恵まれているんです」と。そんなお話を伺い、自分の子どもを預けるのであれば、こんな素敵な先生にお任せしたいなと思いました。
 しかし、3年ほど前に届いた年賀状からは子ども達のクラス写真が消えました。長きにわたり教壇に立ち続け、無事に定年をお迎えになったとのことでした。その後は補助教員として若い(経験の浅い)先生方のサポート役に徹していらっしゃるとのことです。
 当時、幼稚園児だった双子のお嬢様も、幼いながらもお母様の闘病生活を間近に見て思うところがあったのか、お二人ともご自分の意志で医学の道を志し、現在内科医と外科医として活躍されています。
 日々の診療の中で、患者様から逆に勇気付けられたり、パワーを頂くことがたくさんあります。なかでも、この患者様からは本当にたくさんのことを学ばせて頂きました。私の恩師の一人と言っても過言ではありません。出会いから四半世紀、素敵なご縁に感謝しています。

埼玉県 大宮医師会報 第780号より

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