地域包括ケアシステムに取り組まれるようになって数年が経ちました。地域包括ケアシステムの概念の中に、医療を急性期、回復期、慢性期に分類し、それぞれ別の医療機関が分担するという考えがあります。その際、重要となるのが患者の医療情報の適切な伝達です。
現状では情報の伝達手段として紙の紹介状などを利用していることが大半です。政府は情報伝達の円滑化を目的として電子カルテの標準化を推進しています。厚生労働省主催の「医療情報ネットワークの基盤に関するワーキンググループ」では、傷病名、アレルギー情報、退院時サマリー、診療情報提供書、処方情報などの標準コードを整備することで、他の医療機関の医療情報の閲覧など情報伝達が進むことを目指しています。
電子カルテの標準化の課題
一方、この方法については、いくつかのハードルがあります。一つ目は電子カルテの普及のハードルです。平成29年時点の調査では、電子カルテの導入は一般病院で46・7%、診療所で41・6%です。これを100%に近付けていく必要があります。
二つ目はネットのセキュリティーです。医療情報のデジタル化を進め、かつネットへの常時接続を行うとサイバー攻撃を受けやすくなり、情報漏洩(ろうえい)やデータ閲覧ができなくなる危険性が増してくるでしょう。セキュリティーレベルを常に一定以上に維持していく必要があります。
そして最後のハードルとして、デジタル化に対して経常費用が掛かり続けることが挙げられます。セキュリティーレベルを一定以上に保つのにも費用が必要です。また、5~10年に一度は大規模なシステムのアップグレードを行い続ける必要があります。当面、診療を継続していく医療機関は、機器やソフトウエア、セキュリティーの更新をするでしょうが、施設管理者が高齢の場合などは更新をしないかも知れません。
また、デジタル技術の進歩がどの程度加速するかがはっきりしないことも大きなリスクです。傷病名等のコード化を行うことになっていますが、現在のAIは自然言語処理の精度が上がってきたため、日本語の文章をあえてコード化する必要性もなくなっていくかも知れません。
デジタル化を進めることによって、政府は統計データの活用、データを二次利用することも目指していますが、データの統計処理や二次利用の際には、データの精緻(せいち)化が必須です。
リアルワールドデータ(RWD:実験によるものではなく、実際の世の中で発生するデータ)を入手することは重要ですが、そのデータ精度を上げていくことは必須であり、そのことが現場の負荷を上げる可能性もあります。
誰一人取り残さないデジタル化を
医療情報をデジタル化すれば情報の伝達は容易となり、地域連携は進んでいくでしょう。そして、国や保険者、利用者の費用負担は減りますが、反面、医療機関の収益は減るかも知れません。デジタル化は産業の構図を変えていきます。日本一の書店がイーコマース(電子商取引)のアマゾンになるとは誰も想像はできませんでした。
医療情報のデジタル化が進めば、医療機関の運営方法も変化を迫られるでしょう。早急なデジタル化は医療界を混乱させる可能性があります。地域包括ケアシステムは地域の活力を維持することを目的としているため、不要な混乱を引き起こすことは避け、「誰一人取り残さないデジタル化」を目指す必要があるでしょう。
(日医総研副所長 原祐一)