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令和5年(2023年)8月5日(土) / 日医ニュース

コロナ禍における欧州の医療の実態

Royal College of General PractitionerRoyal College of General Practitioner

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 2020年から始まったコロナ禍において、日本そして世界各国の医療には大きな混乱が生じた。数年にわたって海外への渡航が困難になった影響も相まって、海外の生の情報が入りにくくなった。イギリスやイタリアではコロナ感染による死亡者数が著しく多かったが、ジェネラル・プラクティショナー(以下、GP)が有効であったという一部の意見もあった。これらをどのように整理するべきか、まだ十分な定見はないように思える。
 他国の実態を多角的に観察・把握し、来るべき次の新興感染症対策を考えるため、2023年5月末から2週間にわたって欧州3カ国(英独仏)を訪問調査したので、その結果を今回と次回の2回に分けて報告する。初回は英国の事情について述べる。
 まず、英国の人口当たりのコロナによる死亡者数は、日本の5.6倍であり、欧州主要国の中でも最も多い。死亡者の多くは第1波(2020年春)と第2波(2020/2021年冬)に発生している。このような結果をもたらした構造的な要因は何であったか。今回の調査では、英国型かかりつけ医制度であるGPの機能不全の実態が浮かび上がった。

230805f2.jpg 英国では、予防や健康増進をも含めた広い概念であるコミュニティヘルスの担い手であるGPと、病院での入院治療・救急医療を担当する専門医の役割が峻別され、養成課程も分けられている。コロナ禍では、ほとんどのGPが対面診療を中止した。また、GP診療所自体を閉鎖しなかった場合でも、ローカムと呼ばれる人材派遣会社経由の派遣医に診療を代替させたところが少なくなかった。更に、患者側の受診行動としても、GP診療所での感染への懸念やGPに負担を掛けることへの遠慮から受診控えが起こり、GP診療所にはほとんど誰も来ないという状況になった。その結果、重症化した患者のみならず、病状について心配がある患者がこぞって病院の救急外来に殺到した。これらの患者はGPからの紹介ではなかったため、GPの利点とされる継続性(「ゆりかごから墓場まで」)もゲートキーパー機能も果たされなかった。
 そしてこの帰結として、病院は大変な状況になった。我々が訪問したセントマリーズ病院では、3月初旬に最初の患者が入院してから、救急外来に患者があふれかえる状態となるのに2日と掛からなかった。そして、3月中頃までには全ての予定手術が中止され、入院機能の50%をコロナに振り向けざるを得なくなった。このような急激なシステム変更は政府の指導によるものではなく、押し寄せる患者に対応するために否応なく迫られたものだった。そして、ロンドン市内の病院はおおむね同様の状況とのことであり、これは第2波が収束する2021年春まで続いた。
 一方、GPは、第1波が収束した2020年6月頃から公共施設の一角等に設置された臨時の医療施設であるホットハブ/コールドハブの運営を担った。ホットハブではコロナ陽性者及び疑い患者を対象として、対症療法や重症度判定・病院への転送の判断が行われた。コールドハブは、コロナ以外の患者の通常の診療を担当した。この間、GP診療所は実質的に開店休業状態となった所も多く、機能としても電話対応のみでホットハブ・コールドハブへの受診を指示するにとどまった。
 ちなみに、英国では、コロナウイルス検査のほとんどは自己検査・街角検査・郵送検査で行われ、その結果の記録システムも含めて、英国政府は2020年・2021年の2年間で370億ポンド(6兆円)の国家予算を投じた。そして、ワクチン接種に関しても、仕事のなくなった航空会社の社員などの全くの素人をオンラインで研修して接種業務を行わせた。

230805f3.jpg  英国に限らず欧州の医療提供体制の特徴の一つは、外来機能と入院機能の担い手の峻別である。英国ではGPと専門医の養成課程ははっきりと分かれている。そうする中で、実質的にGPがコロナによる医療需要の受け皿とならなかったため、そのしわ寄せが病院医療にのしかかり、あっという間に医療崩壊した。そもそも英国の人口当たりの病床数は日本の5分の1、ICUは半分である。このような構造上の脆弱(ぜいじゃく)性を抱えた中で、GPがコロナ診療に果たす役割が小さければ、病院医療が崩壊するのは必然であった。
 その一方で、最初の患者が入院してから1~2週間のうちに、予定手術を全て中止し、病床の半分をコロナ対応に転換するという意思決定の迅速性と大胆さは注目に値する。今回の調査対象者らは「他にやりようがなかった」としてその意思決定の特殊性に無自覚のように見えたが、我々はこの点を、日本の医療の実情とその発展の経緯を踏まえて考えていく必要がある。
 次回はドイツとフランスのコロナ禍の医療の実態について報告する。

(日医総研主任研究員 森井大一)

お知らせ
 今回の欧州医療調査団の調査結果の詳細は、後日、報告書として取りまとめ、公表する予定となっておりますので、ぜひ、ご一読願います。
  その他、日本医師会総合政策研究機構(以下、日医総研)の直近の研究成果は、報告書並びにワーキングペーパーとして、下記の日医総研ホームページに掲載されていますので、ぜひ、ご活用願います。
 http://www.jmari.med.or.jp/
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