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令和7年(2025年)9月20日(土) / 南から北から / 日医ニュース

ホテルの朝食に思うこと

 私の趣味は、良いホテルで過ごすこと。子どもとの約束も「どこかに遊びにいこう」ではなく、「○○に泊まりにいこう」である。とりわけ大分には良いホテルがいくつかあり、その中でも、わが家のお気に入りはANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパである。
 ある朝、「インターコンチ」(平山家での呼び方)で朝食を食べていた。テラスからは別府湾と山々が静かに広がり、湯けむりの向こうに朝の光が差し込む。子どもに食事を促しながら、自分も朝ごはんを楽しむ。コーヒーを飲みながら、何とも言えない穏やかな時間が流れていた。スタッフは必要以上に話し掛けてこないが、視線を向ければすぐに応えてくれる。パンケーキは温かいまま、オムレツの焼き加減も絶妙。料理もサービスも、どこか「気を遣わせない配慮」が行き届いている。「もてなし」とは、特別な演出ではなく、こうした"さりげなさ"の積み重ねなのだと、改めて感じた。
 私は在宅医として、日々患者さんのご自宅を訪れている。診察を始める前、玄関で「こんにちは」と声を掛ける瞬間の空気で、その日がうまくいくかどうかが決まってしまうこともある。靴をそろえて脱ぐ、荷物を置く位置、椅子の座り方、患者さんやご家族への目線への配慮―。耳が遠い患者さんの言葉を二度聞き逃してしまい、そこからまともに話してもらえなくなったこともある。それらはどれも医学的な行為ではないが、信頼を築く上で欠かせない、大切な"所作"だと思っている。
 ホテルの朝食と在宅医療。一見、全く関係の無い世界のようだが、「相手の立場に立ち、安心できる空間を整える」という点では、通じるものがあるのかも知れない。医療がサービス業かどうかは議論のあるところだが、患者さんに「この人に任せたい」と思ってもらえる雰囲気を作るには、サービスの視点から学べることがたくさんある。もちろん現場では、時間に追われ、心の余裕も奪われがちだ。それでも私は、時々こうしてホテルの朝に身を置くことで、自分自身の姿勢をリセットしているのだと思う。
 「また明日から頑張ろう」―そう思わせてくれる朝食の時間。それは、患者さんにとっても「来てくれて良かった」と思える診療を目指す、自分への小さなヒントになっている。

(一部省略)

大分県 大分県医師会会報 第850号より

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