【鼎談】ドクタラーゼ一周年にあたって
これからの「医療」を考える-(前編)

これからの医療を担う人たちのために

横倉会長(以下、横倉):『ドクタラーゼ』も創刊1周年を迎えました。今後も医学生や研修医など、これからの医療を担う人たちに向けて積極的に発信し続け、共にこれからの医療について考えていきたいと、思いを新たにしています。そこで、これからの医療界を引っ張る二人の先生にご参集いただきました。

羽生田副会長(以下、羽生田):私は日本医師会の副会長として、日本が世界に誇る国民皆保険制度を守りながら、臨床を重視した医学教育の改革、女性医師支援の充実など、未来志向で医療界を変えていく活動に関わってきました。そこで感じたのは、医療現場のニーズや実情を踏まえ、医師の声を国政に届けるメッセンジャーの必要性でした。これからの医療・医師にとって必要な政策を実現するための橋渡し役を担っていきたいと考えています。

横倉:今から十年後には、日本は大変な高齢社会を迎えます。その中で、医療のあり方も大きな変革の時期を迎えており、次のステップに踏み出さなくてはなりません。身近な医療から高度で専門的な医療まで、国民が必要とする医療を過不足なく提供できる体制を作るのが我々の責務です。その学問的な背景について、武見参議院議員が一昨年 『ランセット』*の日本特集を監修したので、その論点を教えて頂ければと思います。

武見参議院議員(以下、武見):私は医療政策の専門家として、日本の医療を国際的な観点から見てきました。ランセットの特集でもとりあげましたが、わが国の医療は、20世紀後半に世界で随一の医療保険制度を確立し、飛躍的に平均寿命を伸ばしました。戦後たった20年ほどの間に、乳幼児や妊産婦の死亡率を先進国並みに引き下げることにも成功しています。しかし21世紀に入る頃から、寿命を伸ばすだけでなく、「健康でいられる時間を長くする」という観点が重要視されるようになってきたのです。

「医療サービス」の枠組みを生活の場に拡げていく

横倉:日本人はこれだけ寿命が長いのに、世界的にも「自分が健康である」という意識が非常に低いそうです。自分が健康だと思えることは、人生を楽しく生きるためにも重要ですから、そのあたりも意識を変えていかなければなりません。

羽生田:長く健康を維持するために必要なのは「生涯保健」の考え方です。「ゆりかご」どころか、子宮の中から始まって終末期のケアまで、生涯にわたって健康な生活をどう支えていくかという視点が必要なのですが、まだそれぞれの時期の保健施策の連携が十分ではない。たとえば子どもの保健活動も、生まれてから3歳までと小学校からは充実しているのに、その間が手薄になっています。この空白をなくし、連続性のある保健施策を整備していくことも我々の責務だと思います。

武見:私は、医療を狭くとらえるのではなく、「健康」を社会との関わりの中でもっと幅広く考える必要性が高まっていると思います。「心身ともに」健康に生きられるように、医療サービスの枠組をさらに拡げて、「患者」というよりも「生活者」としての国民の健康増進を図っていくべき時期が来ているのです。

羽生田:そうですね。今まで私たち医療者は「病気に対してどうするか」という立場で考えてきました。けれど、これからは「生活」の中で保健をどうとらえるかを、予防も含めて考えていかなければならないと思います。

横倉:そのためには、社会のあり方や家族のあり方、そして地域のあり方も少しずつ変わっていかなければならない。我々医師の立場からも積極的に発言し、影響力を発揮していかないといけないと強く感じます。

*The Lancet Special Series on Japan: Universal Health Care at 50 years
『ランセット』日本特集号:国民皆保険達成から50年(2011年9月1日刊行)

【鼎談】ドクタラーゼ一周年にあたって
これからの「医療」を考える-(後編)

世界をリードする医師になってほしい

武見:グローバル化の進展によって経済構造が大きく変化し、日本の国際的な立場も揺らぐ中、どうやってこの国の存在感を維持していくかが課題となっています。けれど私は、日本が超高齢社会を迎えることを、むしろチャンスとしてとらえています。日本に続いて、アジアの周辺国も次々に高齢社会を迎えます。

そこで日本が先んじて「国民がいきいきできる高齢社会」を実現すれば、国際的にも注目され、日本が世界のモデルになるでしょう。これからの時代を担う医師のみなさんには、ぜひ「世界をリードする」という気概を持って、新しい時代の医師のあり方を考えていただきたいと思います。

羽生田:60代で仕事を引退した同級生たちは、みな「元気だけどやることがない」と言います。彼らには豊富な経験や知識があって、社会に貢献したいと思っている。健康寿命が伸びれば70歳や75歳になっても社会に関われますし、経済活性化の原動力にもなります。高齢社会を迎える以上、できるだけ長く元気に暮らせるよう高齢者を支え、社会を元気にするためのパワーになってもらうべきです。そのためにも医療は重要な役目を担っているのです。

武見:そう、医療は社会を良くし、国を元気にする力も持っています。それを活かすためにも、目の前の患者さんの治療をすることはもちろんですが、やはり社会を良くする、目の前の人を幸せにするという意識を、医師が持つ必要があるでしょう。そういう意味では、偏差値が高いだけでなく、人間が好きな人に医師になってほしいです。

横倉:日本医師会も、学生が広い視野を持ち、社会全体を見据えて医療に携われるよう、このように『ドクタラーゼ』を通じた情報提供や、医学教育に対する働きかけを行っています。

医学生のみなさんには、これからの医療と社会のことを考えた上で、政治や選挙にも関心を持っていただきたい。我々もしっかりと情報提供をしていくので、みなさんもそれを受け止め、医療に関わる一員としてしっかりと考えてみてください。

これからの医療これからの医療これからの医療

横倉 義武(写真左)
日本医師会会長
1969年久留米大学医学部卒業。医療法人弘恵会ヨコクラ病院理事長・院長。大牟田医師会理事・福岡県医師会会長を経て、2012年より日本医師会会長。

羽生田 たかし(写真中央)
日本医師会副会長
1973年東京医科大学医学部卒業。羽生田眼科医院院長。前橋市医師会理事・群馬県医師会理事を経て、2010年より日本医師会副会長。自民党参議院比例区(全国区)支部長。

武見 敬三(写真右)
1974年慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1976年同大学院修士課程終了。1995年参議院議員初当選、2006年厚生労働副大臣。2012年参議院議員3期目繰上げ当選。自民党参議院東京選挙区支部長。