「きんぎょ~え、きんぎょ」
「ひやしっこぇ」
家の前を通り過ぎる声。薄目を開けると、すぐ近くに父と弟がすやすや。次の間には祖父が。通りは、真っ白な日の光。しかし、開け放たれた座敷には弱いが心地よい風が。
奥から、かちゃかちゃ じゃーに混じって、母と祖母の声。まだ、2時半。あと30分か。でも、どんどん頭が冴えてくる。
今日は、何蝉が捕れるかな。ミンミンがいればいいのに。昨日みたいにアブラばかりではしょうがないな。カナカナはまだ先だろうな。
柱時計が三つ打った。父ががばっと起き、支度を始める。ステテコの上にズボンをはき、パナマ帽。大きな鞄を荷台にくくり付け、ラビットスクーターでさっそうと出発した。今日は何軒くらい往診があるのだろうかと見送りながら、眠そうな弟に虫かごを持たせ、網を担いで村鎮守の森目指して飛び出した。母の「暗くならないうちに帰るのよ」、祖母の「帽子被っときや」を背に受け、「わかった」。
目を閉じれば、昭和30年代前半の夏休みが浮かぶ。