ネクタイは300年ほど前の、クラヴァットという首に巻いたレースの飾りが起源で、首から下げてボタン穴を隠すスタイルは、100年来変わらぬ息の長いファッションである。
初めてネクタイを締めたのは、婦人科のポリクリで、患者さんの前ではネクタイをつけるように言われた時だった。ネクタイを下げていれば、学生でも医者らしく見えるからだろう。それならば、婦人科に限らず、この先医者をやっていく上で、ネクタイを締めるのは損にはならないと直感した。それから40数年、診療でネクタイを外したことはない。
修練医の頃、ラット相手の実験と掛け持ちで、患者さんの診療をしていた。白衣は、病院の責任で洗濯をしてくれるので清潔ではあるが、薬品などのシミが消えずについていた。当時はそんな格好でも文句は出なかった。それでもシミ抜きはできないので、せめて患者さんの不快感が軽くなるように、ネクタイは必ず締めていた。
ネクタイは役に立つ。自分は痩せているので、シャツがだぶつき気味で上衣や白衣をつけると、シャツの首回りがすんなりとおさまらず、ねじれて時々鏡で確かめねばならない。だがネクタイをしていると、きちんと決まり安心していられる。また、太り気味の友人が、「ネクタイは役に立つ。シャツのボタンが、はじけそうになっても隠してくれる」と言うのを聞いたが、そんな使い方もあるようである。
ネクタイは便利である。昔、私の開院パーティーで、式服に白タイをしていると、当時小学校2年生だった娘に「大変だ! 父さんがお葬式の格好をしている!」と、親が認知症になっているのを発見したかのように、騒ぎ立てられた。そのうち本当に騒がれるのかも知れないが、ネクタイ1本変えるだけで、結婚式から葬式に変身できる便利な発明品だと思う。
くだくだと書き綴(つづ)って、何を言いたいのかというと、ファッションの宝とも言うべきこのネクタイが、近頃目の敵にされていて、遺憾に思っていることである。お役所や大企業などで、クールビズにかこつけてネクタイがやり玉に挙げられている。医師会でも、役所関連の会合で、役員一同ノーネクタイのお達しが出ることもある。
クールビズと言うなら、夏は上着の着用を原則中止(禁止ではなく)してもらった方がありがたい。ネクタイをしていても暑苦しければ、上のボタンを外して少し緩めればよい、必要となればサッと締める。自分は勤務医の頃はそうしていた。
日本の真夏の暑さは熱帯並みという。熱帯のフィリピンでの男子の正装は、シャツ姿と聞いている。クールビズのために、ネクタイをやり玉に挙げるのはよして、上着をやめて、フィリピン・ビズに変えて頂きたいと願っている。
(一部省略)
長野県 上田市医師会報 545号より