自然豊かなところに住んでいるといろいろなことがある。
ある時家内が土間にゴキブリ粘着剤を仕掛けたら、ゴキブリに、ムカデ、ヤモリ、サワガニ、ヘビが掛かったことがあった。どの順番で入ったのか、首をひねった。
家内は大阪の育ちで、こちらに引っ越してきた当初、「虫が多いので嫌い」と言っていたが、最近では、鈴虫を飼って、誰よりも熱心に世話をしている。
私は虫が嫌いではないが、秋のよく晴れた日に、壁にカメムシがびっしりと張りつき家の中までお邪魔するのと、ムカデが居候しているのは、何とかならないかと思う。
そんなところで開業しているので、都会では見られないような症例がある。
症例1
ある秋の夜更け、患者さんから、「寝ていたら耳に虫が入ったので診て下さい」との電話が入った。
来るのを待っていると、玄関の向こうから、「痛い! うるさい! 助けて!!」と叫び声が聞こえる。
入ってくると、耳を手でふさぎ、苦痛で顔をゆがめ、ムンクの叫びのようであった。普段はとても温厚なおばあさんで、いつも感謝、感謝と私にも手を合わせてくれるような方なのに、気でも狂われたのかと心配したほどであった。
早速、耳をのぞいてみると、何やら黒いものがいる。ピンセットでつまみだすと、あまりの臭さに絶句してしまった。それはカメムシだった。
その瞬間おばあさんは、急にぱっと表情が明るくなり、私に手を合わせて下さったが、こちらはあまりの臭さに倒れそうであった。
今までカメムシの臭いは何度も嗅いだことはあるが、目と鼻の先で臭いを嗅いだのは初めての経験であった。
症例2
夏の午前診でのこと。よく日に焼けた、小太りの中年男性が来院された。「柿の木の下で草刈りをしていたら、何やら虫が耳の中に入った」と平然として言う。
のぞいてみると、虫の足が4~5本動いているのが見える。ピンセットでつかもうとしてその先が虫の足に触れた瞬間、すっと奥に引っ込む。敵もなかなかすばしこい奴だなと思い、ピンセットをぐっと奥に突っ込み引きずり出した瞬間、気味の悪いものが目の前に現れ、「ワー」と絶叫し、不覚にもそいつを床に落としてしまった。
その男性は、床に落ちたそいつを見て「何だ、ムカデか。咬まれなくてよかった」と言って立ち去った。
今までムカデは何度も見たことがあるが、目と鼻の先で見たのは初めての経験だった。
私は寿命が縮むかと思ったが、その男性は何と平静なのだろうと、呆気にとられていると、当院の看護師がピンセットを持ってきて4~5センチメートルはあろうかと思われるムカデをさっとつかみ、熱湯処理をしてくれてありがたかった。
そして彼女はこんなことを言っていた。
「もし耳の中に、どちらか入れなければならないとしたら、カメムシとムカデ、どちらがいいですか? 究極の選択ですね」と。
考察
医学書には、耳の中に入った虫を取る場合、虫をオリーブ油などの油やエーテルなどで殺してから取るように、そうしないと虫が暴れ鼓膜を傷つける危険がある、と書かれている。ただしカメムシやムカデにも当てはまるのかどうか疑問である。また、耳掃除は熱心にしない方が、虫が入らなくて良いようである。
結論
究極の選択は、私なら断然ムカデである。なぜなら平然としていられるからである。ただし、咬まれなければの話だが。