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平成30年(2018年)1月20日(土) / 日医ニュース

世界の諸団体と連携して重大な問題の解決を図り医学・医療の質と倫理の向上に努めたい

世界の諸団体と連携して重大な問題の解決を図り医学・医療の質と倫理の向上に努めたい

世界の諸団体と連携して重大な問題の解決を図り医学・医療の質と倫理の向上に努めたい

 新春に当たり、今回は、ジョアンヌ・リュー(Joanne Liu)国境なき医師団(MSF)インターナショナル会長を迎え、世界医師会(WMA)とMSFそれぞれの活動と世界が抱える重大な問題、医師という職業、日本の医師が世界で果たすべき責任などについて、横倉会長と語り合って頂いた。

 横倉 リューMSFインターナショナル会長には、2017年3月28日に、ご訪問頂きました(別記事参照)。今回、新春対談の企画を聞いた際に、そのお相手として、真っ先に先生のお名前が頭に浮かびました。本日は、お忙しい中、本当にありがとうございます。
 リュー 横倉会長、このたびのWMA会長への就任、おめでとうございます。就任早々に、私に対談の機会を与えて頂き、感謝しています。せっかくですので、初めにWMAの設立経緯などについて詳しく教えて頂けますか。
 横倉 WMAは、1947年にフランスのパリで世界27カ国の医師が一堂に会し総会を開催したことを契機として設立されました。
 定款にはその目的として、「医学教育・医学・医術及び医の倫理における国際的水準をできるだけ高め、また世界の全ての人々を対象にしたヘルスケアの実現に努めながら人類に奉仕すること」を謳(うた)っています。
 現在114カ国の医師会が加盟する組織となっており、これまでに人間を対象とする医学研究の倫理的原則となる「ヘルシンキ宣言」や、患者の権利に関する「リスボン宣言」などの多くの文書を採択し、公開しています。
 リュー 今回、横倉会長はどのような思いから、WMA会長に立候補されたのですか。
 横倉 日本は超高齢社会に突入しましたが、国民皆保険の下、全ての国民が等しく必要な医療を受けられる体制になっています。
 高齢化の問題は、遅かれ早かれ世界各国も避けて通れない共通の課題になると思いますが、必要な医療を受けることができない国もまだまだ少なくありません。そうした国々に、健康寿命をトップレベルにまで押し上げた日本の優れた医療制度を広めていくことで世界の人々を救いたいという思いから立候補を決意しました。
 2017年10月にアメリカのシカゴで開催された総会で就任式が行われたのですが、特にアジア、アフリカの国々から、日本の医療制度に対して大きな期待が寄せられており、責任の重さを改めて実感したところです。
 MSFを始め、赤十字国際委員会などの諸団体は従来からWMAと密接な関係にありますが、MSFの活動内容をご紹介頂けますか。
 リュー MSFは、医学的、人道的に苦境に置かれている方々に支援の手を差し伸べることを目的に、1971年に設立されました。
 具体的には、"人がつくった災害"と言える戦争地域だけでなく、自然災害が起きた地域や、エボラ出血熱やコレラなどの疫病が蔓延(まんえん)している地域でも活動を行っており、その範囲は世界70カ国に及び、外来診療では年間約1000万人、入院では約700万人の方々に支援の手を差し伸べています。
 貴会とはWMAを通じて常にオープンな会話をしていきたいと考えています。2015年10月3日にアフガニスタン北部クンドゥズ市内でMSFが運営する病院が米軍による爆撃を受け、私達が非難の声明を発した際にも、WMAにはこれを支持して頂きました。
 決して起こってはならないことですが、実際には、病院や患者さん、第一線で働く医師に対する襲撃は今でも行われているわけで、WMAが声を上げて下さったことに大変感謝しています。

世界の重大な問題は医療機関への攻撃と薬剤耐性

 横倉 武力紛争の際に適用されるジュネーブ諸条約では、病院や医療関係者への攻撃を禁じていますが、アフガニスタンやシリアではそのような攻撃が実際に行われ、患者や医療関係者が犠牲になっています。
 たとえ戦争中であろうとも、敵味方なく助けるというのが医療の本質であり、それに携わる者は保護されなくてはなりません。そうした医療機関への攻撃行為は、断固許してはならないという強い思いからWMAとして賛意を示させてもらいました。
 リュー 2016年5月の国連の安全保障理事会でも、改めて医療機関、医療従事者への攻撃を禁じる決議が採択されています。
 シリアやイエメン、南スーダンといった、現在でも紛争が続いている国々における当事者に対して、国連の決議を守るように、引き続きWMA等の協力を得ながら訴えていきたいと思っています。
 横倉 日本は国際社会においても責任ある立場にありますので、医療機関への攻撃についても、しっかり主張するよう、政府に働き掛けていきたいと思っています。
 また、WMAとしても、赤十字国際委員会が主導する「Health Care in Danger(危機にさらされる医療)」などと連携を取りながら、積極的に後押ししていくつもりです。
 ところで、現在のMSFの主な活動地域はどの辺りになるのですか。
 リュー 活動は70カ国で行っていますが、その中には、人々の注目が集まっている地域もありますし、そうでない地域もあります。
 中近東での武力紛争はご存知の方も多いと思いますが、シリアでは、医療機関が攻撃されたり、包囲下の人々に支援物資が届かないという状況です。イエメンでも同じように、国境につながる道路や港が封鎖されています。
 こうした状況では、薬ばかりでなく、水や食料、燃料も届かないということになります。
 また、人々が病気になり医療機関に行きたいという時にも、燃料がないので車で行くことができず、結局、治療を受けられなかったり、食料もないので、結果として栄養不良になったりと悪循環が起こっています。
 更に、中東地域では、シリア、イエメンだけでなく、過激派組織「イスラム国(IS)」の掃討作戦が進むイラクにおいても、ますます混乱が深まっている状況が続いています。
 この問題に加えて、私達がもう一つ重要なことと考えているのが薬剤耐性の問題です。
 この問題は、気候変動の問題と同様に、世界中、あらゆるところで、ゆっくりではありますが、大きな影響を及ぼし、その結果、死者が出るなど、大変深刻な問題となっています。
 対応策としては、時間はかかりますけれども、医療機関内での感染をできるだけ抑え、新たな抗生物質、診断薬を開発するしかありません。そのためにも、多くの医療関係者とのパートナーシップが重要だと思っており、それを実現するためにも、ぜひ、WMAと協調できればと期待しています。
 横倉 薬剤耐性については、WMAでも重大な問題と認識しており、「One World, One Health(一つの世界、一つの健康)」の考えの下に、2016年11月10、11の両日、福岡県北九州市内で、世界獣医師会と共同で「"One Health"に関する国際会議」を開催しました。
 実際に、動物の感染症が人に感染する例があります。現在、動物に対する抗生物質の使い方も含め、耐性菌ができないようにするための研究も始まっていますので、いち早く成果が出せるよう、我々も協力していきたいと思っています。

医師になったきっかけと医師という仕事

180120a2.jpg 横倉 私は、農村で育ったのですが、父は昔、海軍の軍医で、終戦後に診療所を開設しました。両親とも、人のために一生懸命尽くす人で、そんな親の姿を見ていましたので、私も地域医療に従事したいという気持ちが生まれたのだと思います。
 また、自分自身が盲腸炎(虫垂炎)になった際に、叔父に手術をしてもらったのですが、医療の力を感じ、私も医師になりたいという思いを強くしたことを今でも覚えています。
 リュー会長は医師になろうと思ったきっかけは何だったのですか。
 リュー 私が10代の頃に、アルベール・カミュが書いた『ペスト』という小説を読んだのですが、その本はペストと闘った医師の話でした。
 当時はペストを治す薬もないのに、「どうしてあなたは患者を診るのですか」と聞かれた医師が、「私は人の死というものを前にして、決して死に慣れることはない。どうしても嫌だ。だから、ペスト=死と闘うのだ」と言うのです。それを読んで、「私も同じ考えだ。じゃあ、私も医師になろう」と思って、それ以来闘い続けています。
 横倉 人の健康を守り、人が病に苦しんでいる時は、それを治す手助けをすることが医師の仕事であるわけですが、やはり目の前に病に苦しんでいる人がいれば、わが身を振り返ることなく助けるのが医師だと私は思っています。
 リュー会長は、医師とはどういう存在と考えていますか。
 リュー 難しい質問ですね。医師は、本当に困っている患者さんの病気の状態を治すために、さまざまな技術を使って治療をするわけですが、病気を治すだけでなく、患者さんの心にまで寄り添うことが必要だと思います。そうして初めて患者さんが治癒に向かうことができるのです。
 こうしたことができる医師という職業は、本当に素晴らしい職業だと思っています。
 横倉 若手医師や、これから医師を目指す人達に伝えたいのですが、医師の仕事というのは、人を相手にする仕事ですから、まず人を好きになって頂きたい。
 また、体のことや心のことなど、いろいろな悩みを持った人が多いわけで、その悩みに寄り添いながら、一緒に解決をしていく。
 病気というのは、医師が治すのではなく、本人が治すのをサポートしていくという姿勢が必要だと思います。
 リュー おっしゃるとおりだと思います。医師というのは、ただ単に医師になる教育を受けたらなれるというものではありません。
 つまり、目の前の患者さんに対して、全人的なアプローチをしなくてはいけないので、目の前の人を助けたい、病に苦しんでいる人のお手伝いをしたいという、心の中から強く感じるものがなければ、医師になってはいけないと、私は思います。

日本の医療の素晴らしさを世界に伝える責任

180120a3.jpg 横倉 日医の会員へ何か伝えたいことはありますか。
 リュー 貴会の会員は、既に地域で医師として活躍されていらっしゃる先生方ばかりだと思いますので、ぜひ先生方には、その責任を果たして頂きたいと思っています。
 世界には、医療に対するアクセスがない国もありますし、難しい国もあります。一方、日本では国民皆保険という、非常に素晴らしい医療制度の下、誰もが医療に手が届くようになっている。その知識とかノウハウをぜひ世界に伝えて頂きたいと思います。
 日本の医師には、日本が学んだことを世界に伝える義務、責任があるということをぜひ認識して頂ければと思います。
 横倉 リュー会長のおっしゃることを、よく心に刻み込んで、日医会員の先生方と共に、日本の国民だけでなく、世界にも貢献できるような医師会にしていきたいと思っています。
 MSFの皆さんには、紛争地域等、厳しい環境の下で医療活動等を行って頂いていますので、WMAとしてもできるだけサポートを続けていきたいと考えています。
 世界の国々では、医療のレベルも受ける保障や制度も違いますが、できるだけ世界中の医学・医療の質、また倫理の向上に努めていきたいと思っていますので、ぜひ、リュー会長にもご協力をお願いします。
 リュー WMAという素晴らしい組織と、今後も交流・共感し合うことにより、私達MSFの活動をより活発化させていきたいと考えていますので、ぜひご協力をお願いします。
 特に、医療機関への攻撃をしないようにという私達の活動、また、薬剤耐性に対する活動につきましては、横倉会長のお力をお借りし、WMAを通じて、メッセージを更に広く世界に広げていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 ところで、横倉会長はWMA会長という大役に就任されて、眠れない夜というようなことはなかったのですか。私は2013年にMSFインターナショナルの会長に就任した際は、そのプレッシャーで眠れない日が続きました。
 横倉 日医の会長になった時は眠れませんでしたが、今回はそのようなことはお陰様でありませんでした(笑)。
 恐らく、WMA会長になる前に、福岡県医師会長、日医会長と2回そういう経験をしているので、その免疫ができていたのかも知れませんね。
 リュー WMA会長として、これをして欲しい、あれをお願いしたいといったリクエストはたくさんきているのでしょうか。
 横倉 ええ、多くのリストを頂いています。WMAは、スイスのジュネーブに隣接するフランスのフェルネ・ボルテアに事務局があるのですが、そこで事務総長が取りまとめてくれています。
 リュー 日医会長のお仕事だけでなく、WMA会長としてこれから世界を飛び回ることになると思いますが、お体には気をつけて下さい。
 2018年の4月にジュネーブにいらっしゃるご予定とお聞きしましたが、その際には、私達の事務所も近くにありますので、ぜひお立ち寄り頂ければと思います。
 横倉 ぜひ伺わせて頂きます。本日はありがとうございました。
 リュー ありがとうございました。

ジョアンヌ・リュー
国境なき医師団(MSF)インターナショナル会長
1965年11月4日、カナダ・ケベック市生まれ。マギル大学医学部で学び、モントリオール市の聖ジュスティーヌ病院で小児科医療を専門に研修後、ニューヨーク大学医学部の小児救急医療フェローを経て、マギル大学ヘルス・リーダーシップ(Health Leadership)国際修士課程修了。現在、モントリオール大学で准教授を務める。1996年よりMSFに参加以降、スマトラ島沖地震による津波被害を受けたインドネシア、ハイチの大地震とコレラ流行の被害者、ケニア国内のソマリア人難民への援助に従事。
2013年10月から現職。2016年に再選され現在2期目。

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