平成29年度医療政策シンポジウムが2月16日、「国際社会と医療政策」をテーマとして日医会館大講堂で開催された。 当日は、サー・マイケル・マーモット元世界医師会長を始めとした3名による講演の後、横倉義武会長も加わってパネルディスカッションが行われ、活発な議論がなされた。 |
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シンポジウムは、石川広己常任理事の司会で開会。冒頭あいさつした横倉会長は、少子高齢化が進行し、財源や人口減の問題もあるわが国で、国民皆保険を堅持し、各地域で過不足のない医療を提供するためには、「かかりつけ医」の担う役割が重要であると指摘するとともに、「医療の問題は多様で、国境を越えた協力も必要となっているが、その問題を解決するためには、困難を乗り越え、広範囲な課題にも取り組む姿勢が重要になる」とした。
続いて、中川俊男副会長を座長として講演に入った。
講演1「グローバルヘルスの潮流:これからどこへ行くのか?」
國井修世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド、以下GF)戦略・投資・効果局長は初めに、アフリカ・ソマリアの難民キャンプやインドのカルカッタで、尊厳ある死のためにマザー・テレサが創設した"死を待つ人々の家"での自身の経験や、2000年を境にグローバルヘルスに対する援助が始まった経緯などを紹介するとともに、保健医療援助資金の流れと、GFの資金供与とインパクト(救済した命)、20年間で成果をもたらした要因等を説明した。
また、今後のグローバルヘルスの課題として、①未解決な課題(エイズ、結核、マラリア他)②公衆衛生上の緊急事態、薬剤耐性③非感染性疾患(NCD)、高齢化社会に伴う課題―を挙げた。
更に、持続可能な開発目標(SDGs)の3番目にある「保健医療」の中には、「目標3:感染症の終焉(しゅうえん)」が挙げられているが、その達成のためには、資金を確保し、最貧困層、最脆弱(ぜいじゃく)層を第一に、各国主体の計画、戦略の実践を支援することが必要だと指摘。具体的な戦術として、(1)インパクトと効率を最大化、(2)保健システム・UHC(※1)への支援、(3)森を診ながら、木を診る―ことを挙げ、「グローバルヘルスは20年前から大きく動いている。我々は海外から何ができるのか、じっくり考えていかなければならない」と結んだ。
講演2「グローバル社会と健康格差(Global Society and 'The Health Gap')」
マーモット元世界医師会長は、冒頭、自著『健康格差 不平等な世界への挑戦』の中で「せっかく治療した人をそもそも病気にした環境になぜ返すのか」という疑問を呈していることを紹介。シカゴとイングランド及びウェールズの殺人犯の性別・年齢別調査を例に、生物学的に若い男性の方がより暴力的であることや銃の入手の可否の影響等を示し、暴力・犯罪・健康は緊密な関係にあるとした。
また、健康格差には濃淡があり、教育水準・失業といった要因の累積的な影響も指摘。45~54歳の総死亡率が多くの国で同じように下がっている中、アメリカの非ヒスパニック系白人の死亡率だけが上がっている理由として、①ドラッグ、アルコール②自殺③アルコール性慢性肝疾患―を挙げ、社会的要因によって差がついていると説明した。
更に、"マーモット・レビュー"(※2)で、公平な社会、健康な生涯のために、六つの目標を提唱したことに触れ、健康な大人の始まりは幼児期にあるので、子ども時代の悪(あ)しき体験(ACEs:Adverse Childhood Experiences)をなくし、全ての子どもに最良のスタートを与えるべきであるとして、教育の重要性を強調した。
講演3「日本の医療;課題と将来」
黒川清日本医療政策機構代表理事は、世界はグローバル化している一方で各国は内向きとなっており、パラダイムは大きく変化し、デジタルテクノロジーは幾何級数的な変化を遂げていると指摘。また、日本については、①国内経済の停滞②経済・健康格差の拡大③科学技術の進歩と長寿・高齢社会による医療・年金等の社会コストの増加―によって社会不安が起きているとした。
更に、「感染症」から「がん・生活習慣病・心血管疾患」そして「メンタルヘルス・認知症」へと主要疾病が変化する中で、特に認知症については、「ビッグデータとAI」「社会的ロボット」「脳研究とデジタル技術の最先端」の活用を考えるべきだとした他、「認知症対策の産官学などの協力プラットホーム」の提案を行っていることを紹介した。
最後に、医師・医療人の社会的責任として、(1)医師は医師会員となる、(2)医師会のあり方、(3)医師の働き方、数、分布、労働基準法など、(4)医療人、医療職の連携へ、(5)将来の医師―について言及。医師会はもっと責任を持って医師に関わるべきだとするとともに、自律した組織として存在していけるよう、変化していくことを求めた。
パネルディスカッション「国際社会と医療政策」
その後は、渋谷健司東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学教室教授が座長を務め、3名の演者に横倉会長が加わった4名によるパネルディスカッションが行われた。
議論の中で、グローバルヘルスを通して国内医療政策に役立つことは何かを問われた横倉会長は、東日本大震災の際に初めて医療資源の乏しい地域と同様の環境下での災害対応を行ったことや、中国を訪問した際に"一帯一路"政策の一環で「健康中国2030」というプランを日本の「健康日本21」を参考としてつくったと聞いたことを紹介し、「自国の医療政策と海外での経験を共に役立てていくことが、国際保健と地域保健を連結する際のキーポイントと考えている」と述べた。
更に、グローバルヘルス分野における日医の役割として、「UHCを広めること」と「子どもがしっかり育つような社会づくりに貢献すること」を挙げ、その取り組みを推進していくとした。
国際環境変動の中での日本の関与について、マーモット氏は気候変動や格差拡大等に対しては主要国が協力し合うべきであり、日本は開発支援の面で一層重要な役割を果たせるのではないかとの考えを示した。
また、國井氏は、「今年の国連総会のハイレベル会合のテーマに"結核"が取り上げられており、日本が医師を中心として地域の連携を構築した成功例をPRできるチャンスだ」と述べるとともに、グローバルヘルスは"教え合うこと"であると強調した。
黒川氏は、高齢社会の最先端国である日本がどう知恵を絞ってくるか、世界が注目しており、アジェンダ(行動計画)の作成に取り組んでいることを紹介した。
最後に、中川副会長が、「いつも以上に視野の広い話とディスカッションを聞くことができた」と総括し、シンポジウムは盛会裏に終了となった。
参加者は、16道府県医師会におけるテレビ会議システムでの視聴者を含めて、合計416名。
※1:UHC(Universal Health Coverage:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)とは、全ての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、必要な時に支払い可能な費用で受けられる状態。 ※2:マーモット・レビューとは、2008年に最終報告を出したWHO「健康の社会的要因」委員会(CSDH:Commission on Social Determinants of Health)の委員長だったマーモット氏が、イギリスの保健省の援助の下に設置された委員会から2010年2月に発表した新たなレポート。 |