今号では、横倉義武会長が7月25日、安倍晋三内閣総理大臣を総理官邸に訪ね、「社会保障と経済の関係」「災害対応」「これからの医療」等、幅広いテーマで対談した模様を紹介する。 |
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横倉 昨日はお忙しい中、役員就任披露パーティーにいらして頂き、ありがとうございました。
安倍 医療のことは、いつも横倉会長に教えて頂いていますし、大変お世話になっていますので、ぜひお祝いに駆け付けたいと思っていました。
改めて、横倉会長、この度は4選おめでとうございます。パーティーも大変盛会でしたね。
横倉 ありがとうございます。おかげさまで、約1000名の方々にご参集頂きました。改めて身の引き締まる思いをした次第です。
安倍 横倉会長は、昨年世界医師会長にもご就任されていますが、そのお仕事も、かなりお忙しいのでしょうね。
横倉 世界医師会の事務局がフランスのフェルネイ・ボルテアにあるのですが、そこに事務総長がいて、仕事を取り仕切ってもらっています。
トルコ医師会の会長ら幹部11人が、トルコ軍が隣国シリア北西部でクルド人勢力を相手に行っている軍事作戦を批判したとして、トルコ政府から拘束された際には、世界医師会長として、その解放を求める声明を出したこともありました。
安倍 世界医師会長の仕事というのはいろいろなことがあるのですね。他にも、今後予定されていることなどはありますか?
横倉 はい。来年G20が日本で開催されるのに合わせて、世界医師会加盟医師会とWHO地域事務局に集まってもらい、H20(ヘルス・プロフェッショナル会合)を開催したいと考えています。
そこでは、「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進」をテーマに議論する他、今後、高齢化が進む中で重要になってくる行政と医師会の連携の方策についても話し合っていきたいと思っています。
安倍 それはすばらしいですね。成功をお祈りしています。
医療機関の経営安定が経済全体により良い影響をもたらす
横倉 2012年12月の第2次安倍内閣発足から早いもので、5年8カ月が経ちましたが、安倍内閣の看板政策であるアベノミクスは着実に成果を上げ、就任直後の同年12月から始まった景気回復局面は、これまで66カ月間も続いていますね。
安倍 第2次安倍政権の発足前には、日本はもう成長しないのではないか、成長しなくてもいいのではないかという諦めにも似た停滞感がありました。しかし、国民の皆さんの生活を守り、社会保障費を賄うためには、強い経済を取り戻し、成長と分配の好循環をつくり上げていかなければなりません。そういう強い思いで、アベノミクスを進めてきました。
この約5年半で名目GDPは56兆円増え、11・3%成長しました。賃金も、日本労働組合総連合会(連合)の調査によれば、今世紀に入って最も高い水準の賃上げを5年連続で実現しています。デフレ脱却に向けて、日本経済は確実に前進を続けています。
横倉 医療機関には全国で300万人以上が従事しており、医療分野は他の産業よりも雇用誘発効果が大きいのが特徴です。つまり、医療に財源を投入すると、特に医療従事者の比率が高い地方の経済成長を促し、地方創生への多大な貢献につながります。
医療機関が経営的にも安定し、給与等の形で医療従事者に還元されることは、わが国の経済全体への波及効果も大きいのではないでしょうか。
安倍 おっしゃるとおり、医療・介護分野を始めとする社会保障分野の経済への波及効果は全産業平均より高く、雇用を誘発する効果も主要産業と比較して高いという調査研究もありますね。
産業別にどのぐらいの人数の人が就業しているかという統計データを見ても、医療・福祉分野で就業する人の割合が増加しており、地域の雇用に対して大きなプラスの効果を有していると言えます。
横倉 社会保障と経済は相互作用の関係にあり、経済成長が社会保障の財政基盤を支え、他方で社会保障の発展が経済を底支えしています。
社会保障費は、人口の高齢化により、医療・介護等を中心に今後も増加することが見込まれていますが、子育てや老後に不安を抱える国民に安心を示すことは、経済成長を更に促す出発点だと考えています。その点についてはいかがですか。
安倍 経済成長そのものが目的なのではなく、それを通して、社会保障を始めとした国民の生活の安定や安心につながっていくことが必要なのだと思います。
確かに、医療や介護等の社会保障費は増加が見込まれますが、その中でも、健康寿命の延伸、医療・介護サービスの生産性向上など、さまざまな方策を議論していきたいと思います。
また、2019年10月の消費税率引き上げと合わせ、3歳から5歳までの幼児教育無償化や、2020年4月からは真に必要な子ども達の高等教育の無償化を行います。
お年寄りも若者も安心できる全世代型の社会保障制度へと大きく転換していきたいと考えています。ぜひ、日医の先生方にもご協力をお願いします。
横倉 日医では、社会保障の充実によって国民不安を解消することを提言しています。
安倍内閣が掲げている「1億総活躍」「働き方改革」「人づくり革命」の実行や、企業の内部留保の一部の給与への還元などによって社会保障が充実し、需要の創出・雇用拡大や地方創生、経済成長をもたらし、更に賃金を上昇させるといった経済の好循環を生み出すことができれば、国民不安も解消していくと思います。
安倍 先ほども述べましたが、約5年半のアベノミクスにより、日本経済は長期にわたるプラス成長を続け、5年連続の賃上げなど、経済の好循環は着実に回り始めています。
この好機を逃さず、「働き方改革」を断行し、誰もが生きがいを感じて、その能力を思う存分発揮できるようにする、「人づくり革命」を力強く進め、人生百年時代を見据えて経済社会の在り方を大胆に変革していく、などの改革を進め、成長と分配の好循環をつくり上げ、デフレ脱却と力強い経済成長を目指して参ります。
国民の安心を支える社会保障制度を堅持していくことは、成長と分配の好循環を実現していく上でも不可欠です。時代の変化に応じ、不断の改革を行い、国民の皆さんの理解と安心が得られるように取り組んでいく所存です。
横倉 ぜひ、私どももその実現に向けて協力していきたいと思います。
次に、かかりつけ医についてお伺いします。かかりつけ医は地域の中で、日々、患者さんに寄り添って診療していますが、これこそが、わが国の医療制度を支える柱であると考えています。
そのため、国民の皆さんにかかりつけ医をもつことを呼び掛けておりますし、かかりつけ医の先生方には、地域包括ケアシステムのリーダーとなる役割を担って欲しいと思っています。この点についてはいかがでしょうか。
安倍 医療を受ける患者の立場からすれば、大病院に行かなくても、身近なところで、気軽に相談できるという安心感を得られることは非常に大切なことだと思います。地域包括ケアを推進するに当たっては、地域で日常的に医療が提供され、健康相談を受けられるかかりつけ医機能が、重要な役割を果たすと期待しています。
平成30年度の診療報酬改定においても、かかりつけ医機能を有する医療機関の診療報酬を充実することなどを行いましたが、国としてもかかりつけ医の普及を推進していきたいと考えています。
横倉 わが国では、患者さん自らが信頼する医師を選ぶことができますが、かかりつけ医の側でも患者さんに選ばれるよう、日々研鑽(けんさん)していく必要があります。
そこで日医としても、患者さんから一層信頼される医師として活躍して頂くために、「日医かかりつけ医機能研修制度」を平成28年4月から実施していますが、これまでに延べ2万6千人が受講しています。
安倍 信頼できるかかりつけ医の先生に出会い、その先生に何でも相談し、診て頂くことで、安心して仕事を続けたり、地域で暮らしたりしていくことができるのではないでしょうか。そうなると、仕事やプライベートでも、安心してチャレンジができると思うのです。
人生百年時代です。多くの医師が、それぞれの人生を歩む患者の皆さんから「この先生こそが信頼できる先生だ」と選ばれ、かかりつけ医と患者が強い信頼関係で結ばれるよう、「日医かかりつけ医機能研修制度」に期待しています。
地域包括ケアの構築こそが最大の災害対策
横倉 次に災害対応に関してです。最近でも大阪北部地震や平成30年7月豪雨があったように、わが国は数多くの自然災害に見舞われる危機を有しています。
日医では災害時に、都道府県医師会の協力の下に、JMATを派遣していますが、その最終的な目標は被災地の医療、地域包括ケアを取り戻すことにあります。
現在、被災者支援にはさまざまな医療チームが当たっていますが、特にJMATに期待されることはありますか。
安倍 7月の豪雨災害でも、各地から派遣されたJMATが、避難所におられる被災者の方々への医療や健康管理を中心に、大きな役割を果たして頂いたと聞いています。その献身的な活動に、改めて御礼申し上げたいと思います。
また、今回の豪雨災害では、先日の中央防災会議で横倉会長から熱心に医師会との連携をご提言頂いたDHEAT(災害時健康危機管理チーム)も、初めて出動しました。
災害はいつ、どこで、発生するか分かりません。そして、災害に遭われた方々は、多様な医療ニーズを抱えていたり、避難生活の中で健康面に不安を感じたりされます。今後も、JMATには、DMAT(災害派遣医療チーム)から被災地での医療活動を円滑に引き継ぎ、現地の医療提供能力が回復するまでの切れ目のない医療支援に力を発揮して頂ければと期待しています。
横倉 地域包括ケアの構築こそが最大の災害対策と言えます。平時から、かかりつけ医を中心とした連携が十分であれば、災害時も、在宅患者などの生命・健康を守ることにつながります。
国土強靱化は、ともすれば橋や道路などハードが重視されがちですが、地域連携や人づくりといったソフトも大切です。そうした取り組みが、まちづくりの新しい基本ではないでしょうか。
安倍 災害から人命や社会を守る国土強靭化ですが、30万人を超える医師を始めとする医療関係者の皆様の役割がとても大きいと考えています。
というのも、災害に強い国づくりにはハード整備も必要ですが、医療も含めて、専門家の育成、それを支える地域コミュニティの維持などソフト対策も欠かせないからです。
そうした観点からも、地域包括ケア体制をしっかり構築し、かかりつけ医を始め、地域の医師会や保健所等、さまざまな関係者が普段から顔の見える関係を築き、いざ災害という時には、切れ目のない支援につなげていけるようにしていきたいと考えています。
控除対象外消費税の解決へ向けてしっかり検討していく
横倉 ところで、年末に向けた医療界の最重要課題として、控除対象外消費税の問題がありますが、その解決へ向けて、平成30年度税制改正大綱には、「平成31年度税制改正に際し、税制上の抜本的な解決に向けて総合的に検討し、結論を得る。」と明記して頂きました。
「控除対象外消費税問題解消のため、診療報酬への補てんを維持した上で、個別の医療機関等において診療報酬に上乗せされている仕入れ税額相当額に過不足が生じる場合には、申告により補てんの過不足に対応する新たな税制上の仕組みを平成31年度に創設」頂くことを、日医を始め、日本歯科医師会、日本薬剤師会、四病院団体協議会は等しく掲げ、「医療界が一つになった要望」と位置づけていますが、本問題の解決へ向けての政府側の検討状況はいかがでしょうか。
安倍 来年10月の消費税率の引き上げに向けて、税制改正の議論が年末までの間に進められていきます。
ご指摘の医療機関の控除対象外消費税の問題については、2018年末に取りまとめられる与党税制改正大綱を踏まえながら、引き続き、日医を始めとする医療関係者の方々の議論の状況等も考慮しつつ、しっかりと検討していきたいと考えています。
Society 5.0の時代にあっても診断・治療の最終責任は医師
横倉 最後になりますが、今後の医療についてお伺いします。
がんを始めとしたゲノム医療が発展を見せていますが、機微性が極めて高い遺伝情報については、漏洩(ろうえい)防止の徹底や、遺伝情報を伝えられた患者へのカウンセリングも必要であり、加えて遺伝情報による差別等への対応など、倫理面も重要です。
がんや難病などの克服は国民、患者の希求であり、このようなゲノム解析情報・臨床情報の収集・分析による革新的治療法や診断技術の開発が期待されますが、この点についてはいかがでしょうか。
安倍 がんは、国民の2人に1人が罹(かか)ると言われています。一人ひとりに最適化されたがん治療を実現するためにも、がんゲノム医療をしっかりと推進していく必要があり、その中心となる医療機関の確保など、体制の整備や人材育成に取り組んでいきたいと考えています。
また、その際には、もちろん情報の保護には遺漏なきようにしなければなりませんし、ゲノム情報が適切に管理、利活用され、新しい医療技術の創出につながるようなシステムの構築にも努めていきたいと思います。
横倉 そのような中で、高いセキュリティーを確保した上で、品質の良いデータを数多く集めて、個人情報を確実に守りつつ、学術研究だけでなく、新産業の創出にも活用できるような社会的な仕組みを整備するための「次世代医療基盤法」がいよいよ施行されました。
データを基にした診断は、最終的には医師の責任で行うべきで、患者さんやご家族に寄り添って治療方針を提示することも、人間としての医師の仕事であると私達は考えていますが、いかがでしょうか。
安倍 IoT、ロボット、人工知能(AI)、ビッグデータといった新たな技術の進展は、社会の在り方に大きな影響を及ぼすと考えています。
わが国は、課題先進国として、これら先端技術をあらゆる産業や社会生活に取り入れ、経済発展と社会的課題の解決を両立していくSociety 5.0の実現を目指していく所存です。
おっしゃるとおり、健康分野は、膨大な個人データを扱う領域であり、ICT化による情報連携や情報提供の迅速化・効率化、情報の蓄積による分析の高度化など、多岐にわたる効果が期待できる分野です。
その中においても、診断や治療の責任については、法律上当然、医師に帰属することになります。活用可能なデータの質や量は、技術革新による更なる進展が見込まれますが、その中から何をどう活用するかは患者一人ひとりに寄り添った個別的な判断が求められます。今後も診断や治療に際しては、医師の皆様に責任を持って当たって頂きたいと思います。
横倉 安倍総理も同じ考えということで大変心強く思います。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
安倍 こちらこそありがとうございました。