「ねえ、ちょっと見て」。葉が色づくには少し早く、遅い残暑の残る庭で、洗濯物を干している家内が呼んでいる。「カエルがいるの」パジャマ姿で庭に出ると、端っこのカバーが壊れて中が空洞になっている物干し竿の中にカエルがいる。
住宅地と田んぼが混在する地域のせいか、雨上がりの庭にはカエルがよく出没する。家内はカエルが大嫌いで触るのもダメなくらいだから、どけて欲しいのだろう。
「そうじゃないの。最近カエルがここに住み着いているの」最初に見つけた時は、さすがにびっくりしたらしいが、「カエルもびっくりして、目を見開いて後ずさりしたの」「時々虫を食べに外出するけど、また朝方になると帰ってくるの」カエルを気持ち悪がっていた頃とは明らかに違う。
去年の今頃、庭の木の枝に見事なカエルの干物が、ぶら下がっていたことがある。モズのはやにえ(早贄)と言うそうだが、確かに金属の筒の中に身を潜めていれば、鳥に狙われる心配もない。それに、今の時期、筒の中は適度に暖かく、湿った体の乾燥も防いでくれるのかも知れない。
「こうやって毎日、顔を合わせていると新しい家族のようで何となく愛おしいの」「ちゃんとここに帰ってくるの」毎日いるかいないか、筒を覗き込んでいる家内を、カエルは敵とは見なしていないようだ。でも家族とも思っていないだろう。
「今日はいるの?」家内と同様、カエルが家に帰ってきているか気になりだした。筒から出て餌を探している最中、不用意に天敵に食べられたりしないだろうか。筒の中にいる時は、金属に似た色のアマガエルも草の中では保護色で緑色になっている。そう簡単に捕まることもないだろう。
「でもよくこんな高いところに登ったり降りたりできるな」高所恐怖症の自分には考えられない。「カエルの足には吸盤がついていて、物干しの支柱を上手に登るのよ」と家内の解説。「なるほど」と言うか、カエルが家に帰るところにも遭遇しているのか。
「まあ、カエルは縁起物だからしばらく間借りをさせておこうか」カエルの寿命は、5、6年くらいはあるだろうし、あいつは小粒で独り者だから、しばらくは顔が見られるだろう。いや待てよ。カエルはあんなにたくさんの卵を産むのだから家族など引き連れて住もうものなら、あの筒は手狭に違いない。
「カエルがしばらく帰ってこないの」「食べられたのかしら」色あせた葉っぱが落っこちている庭で、家内が心配そうに物干しの周囲の草むらを探している。「カエルは冬眠をするから、どこかその辺の土の中に穴を掘って入り込んでいるんじゃないの」「また春になったら、筒に戻ってくるよ」じゃなくて、「またわが家にカエルんじゃないの」。
(一部省略)
富山県 富山市医師会報 第563号より