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令和2年(2020年)10月5日(月) / 南から北から / 日医ニュース

石ころ

 父は外国旅行が好きで、晩年は頻繁に外国に出掛けていた。多くの土産も買ってきたが、それ以外にその土地の石ころを拾ってくるのが常であった。石ころにはイスラエルの石、エジプトの石、ベルリンの石などと拾った場所と日時がマジックで書かれている。義父は何でもコレクターで、菊花石や盆石も集めていた。
 父と義父が亡くなって15年近くなり、今でもそれらが私の手元に残されている。私にとっては単なる石ころでも、父や義父にとっては思い出の品であり、宝なのだと考えれば、捨てるわけにもいかず、処分せずにいた。
 石ころを拾ってきたり集めたりすることを非難はできない。私自身、海のない山梨に住んでいるためか、海辺に行くと必ず貝殻を拾ってくる。私が拾ってきた貝殻は捨てられても良いが、父や義父が集めた石ころを捨てるのに何となく後ろめたさを感じて、今まで放置していたのだ。
 そんな折に、わが家の玄関前が砂利で歩きにくいので敷石ブロックを敷くことになった。それならば、その敷石ブロックの中に、父と義父の集めた石ころを埋め込もうと考えた。これは我ながら良いアイデアで、捨ててしまうよりは有効活用になり、父も義父も喜んでくれるであろう。
 工事の人に依頼すると、耐久性に責任は持てないが頑張ってみる、との協力を得た。石ころにつまずかないようにデザインや配置を考慮し、工事は終了した。
 敷石ブロックに埋め込まれた石ころを見ながら、草葉の陰で、父や義父も満足してくれるであろう、と考えていた。
 それから数日後の雨上がりの朝、埋め込まれた石ころの多くは雨に濡れて輝きを増していたが、2個の石ころから鉄さびが流れていた。私は石については全く門外漢(もんがいかん)であるが、それらは鉄鉱石だったのであろう。鉄鉱石が酸性雨のためにさびたのである。
 慌てて、さび取り剤とさび防止スプレーを購入して応急処置をした。素晴らしいアイデアと思っていたが、これぞ"アイデア倒れ"である。
 「良かれ」と思って行った行為が、とんでもない結果を引き起こすことはいくらでもある。
 食事直後の愛犬にデザートとしてアイスクリームをやったら、即、じゅうたんの上に嘔吐されてしまった。軒下の蜂の巣を棒でたたき落としたら、怒ったハチが傍にいた愛犬を猛襲(もうしゅう)した。近所の犬が長いリードに足を絡ませて動けなくなっており、助けようとしたら手を咬まれた。
 そもそも医療行為も全て「良かれ」と思って行う行為であるが、不勉強だととんでもない事が起こる可能性があるのだ。さびた石ころを眺めていると、父の「お前はまだ修行が足りん」と叱りの声が聞こえてくるのだった。

(一部省略)

山梨県 山梨県医師会報 No.595より

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