病気で療養中の妻から「ねこを飼いたい」と相談された時、「無理だなー」という言葉しか浮かびませんでした。しかし家族の"ねこ飼いたい熱"に抗(あらが)えず、3年前の冬の日、両手のひらに収まるくらいの子ねこがわが家にやってきました。
澄んだ瞳に柔らかな産毛、それは世界中の愛らしさを全て集めて閉じ込めたような佇まいでした。"ネコは地球人をダメにするために宇宙人が送り込んだ秘密生物兵器"ともうわさされていますが、きっとそうなのでしょう。メルティと名付けられた子ねこに、私はどんどんのめり込んでいきました。
毎朝6時、メルは肉球で私のまぶたをそーっとなでて朝を知らせます。うっすら目を開くと鼻がくっつきそうなほど顔を近付けて見つめています。それがうれしくてたまりません。
仕事から帰ると後を追ってきて、私のお風呂と夕食をじっと見守ります。時々足を甘嚙みして『早く! 早く!』と応援します。食後の休憩時間、メルと"ネコ友"になったつもりで、体を擦りつけ合ったり嗅ぎ合ったりして遊びます。これが楽しくてやめられません。
やがて夜の12時になると、階下にいるメルが誘うような甘い声で鳴き始めます。そろりそろりと2階に上がってくると、机の上に飛び乗ってパソコン作業の妨害工作を始めます。それがまた可愛くて叱れません。もう仕事は諦めて布団に横になり、メルに見つめられながら眠りに落ちます。朝から晩まで、お兄さんメルが、私を一生懸命お世話しているみたいです。
ふざけっこばかりの毎日ですが、メルに心を救われることがあります。
愚痴ばかり口にしていると、『あなたは人よりずっと恵まれているじゃないの』と語り掛けるように、真っすぐな瞳で私を見つめます。落ち込んでメルの背中に顔をうずめると、『いつまでもそうしていていいよ』とささやくように、じっとしています。気分がとがって当たり散らしていると、『イライラして何か良くなることでもある? 無いと思うよ』と諭すように、大きなあくびをして冷めた顔で目をそらします。
かわいい赤ちゃん? 理想の彼女? 楽しい兄弟? つらさを分け合える友達? 生きる道を照らしてくれる先生? メルはさまざまな姿で私を魅了するのです。
真夜中、今日もメルの呼ぶ声が聞こえてきました。「甘えっ子でしょうがないなー」とつぶやきながら、内心はうれしくて仕方がありません。そして、一緒に過ごすこんな日がいつまでも続いて欲しいと願うのです。
(一部省略)
鳥取県 鳥取県医師会報 No.779より