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令和3年(2021年)2月20日(土) / 南から北から / 日医ニュース

権五郎

 コロナ禍でステイホーム中のわが家に新しい家族が増えた。生後3カ月にも満たないフレンチブルドッグの男の子だ。
 その子はいきなりわが家にやってきた。というのも、ある土曜日の朝、家族3人で朝食を摂っていると、主人が「あのさー、この前の休みの日にペットショップに行ったんだよね。それで、すっごく可愛い子がいたんだ」と。
 私はついに来たかと思った。ついに来たかというのは、主人は子どもの頃からワンちゃんを飼う犬好きで、結婚してからはボスというペキニーズの男の子を飼っていた。その愛犬ボスが亡くなって3年あまり。亡くなった直後は、きっとすぐ寂しくなり新しいワンコを飼いたいと言うかなと思っていたが、意外や意外、ボスの代わりの子はいないと頑なだった。
 私はと言うと、ボスが小さい頃は可愛くていろいろお世話をしたが、息子が生まれ、仕事と育児に忙殺される中、ボスのことは二の次、三の次になっていたことは否めない。だからボスが急に死んでしまった時は後悔しかなかった。
 新しいワンコを飼うと、ボスの時に後悔したから、その子を猫可愛がりしてしまいそうで、そうすると草葉の陰からボスが、僕ももっと可愛がって欲しかったと恨めしそうにこちらを見るのではないかと思い、もう二度とワンコは飼わないと心に決めていた。
 しかし、無類の犬好き主人がペットショップで可愛い子を見つけたという。これはきっと、明日は日曜日でみんな休みだから一緒にペットショップに行こうというお誘いだと思ったのだ。
 だから、ついに来たと覚悟を決めて「ふーん、それで?」と返した。すると主人は「もう契約しちゃったんだよね」と。私はびっくりして言葉も出なかった。いや、もしかしたら悲鳴のような「えー!!」くらいは言ったかもしれない。
 そこからは矢継ぎ早に「犬種は何?」「まさか、大型犬じゃないでしょうね?」「男の子? 女の子?」と質問するしかなかった。主人は私の質問に大型犬ではなくフレンチブルドッグの男の子だということを、可愛くて仕方なかったんだという言い訳を交えながら答えた。最後に「それでその子はいつ来るの?」と尋ねたら「明日」と。これには私も息子も「えー!!」と驚くしかなかった。
 こうして、何の心の準備もできていない私と息子の元に、フレンチブルドッグの権五郎がやってきた(権五郎という名前も主人が既に付けていた。かなり前から周到に準備していたようだ)。
 権五郎が来てから私達家族の生活は一変した。1日3回の離乳食、うんち・おしっこの後片付けやしつけ、家具を嚙まないように見張る等々。一人でこれらをやるのは大変だが、主人はもちろん息子も率先して手伝ってくれる。これはうれしい誤算だった。
 この春中学に入学した息子は、このコロナ禍で学校が休校でほぼ家にいる。一人息子で兄弟がいないので、弟ができたかのように可愛がってくれる。私が粗相(そそう)をした権五郎を叱ると、叱り方が怖すぎるとかまだ赤ちゃんなんだよとかばうようにまでなった。今まで無かった母性愛ならぬ兄性愛が芽生えたのなら本当にうれしい。
 私はと言うと......。思った以上に可愛くて仕方がない。自分でも気持ち悪い声で話し掛けたりして。忙しいのにいったん抱っこしてしまうとなかなか離せなくて家事が進まないこともしばしばだ。家族みんなが権五郎の事になると笑顔になる。嫌なことがあっても権五郎の仕草を見ていると、まあいっかと思うことができる。
 コロナ禍で外出もままならず、楽しい事をしてはいけない世の風潮の中、権五郎がわが家にささやかな幸せを運んできてくれた。ボスもきっと草葉の陰から喜んでくれていると思う。

神奈川県 藤沢市医師会報 第542号より

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