日々の診療で高齢の患者さんと接することが多いのですが、その中に90歳を超えてもお元気で、杖もつかずに一人で来院される患者さんが数名おられます。その方々に共通するのが、皆さん小柄だということ。
この方々のように、高齢になっても人の助けを借りずにきちんと自立したいものだと思うのですが、残念ながら身長167センチと決して小柄な方ではありません。今更小さくなることはできないし、長生きはできそうにないと諦めました。
しかし長生きは無理としても、生きている間は元気でいたい、そのためにも、今から老後のために体を鍛えておかねばと考えてはみたのですが......。元来運動は大の苦手で、体育の授業は憂鬱(ゆううつ)でたまりませんでした。なかでも冬の持久走の季節は「今日は持久走がある......」と思うだけで朝から気が重く、熱が出て学校を休めたら良いのに......と願ったものです。
こんな私なので、運動といってもランニングなどは問題外ですし、面倒臭がりなのでジムに通うというのもまず続かないと諦めていました。10年くらい前に一念発起してストレッチの教室に通い始めたものの、少し張り切り過ぎたのか、数回行った後に軽いぎっくり腰になり、あえなく断念。
その後しばらく何も運動の類はしていなかったのですが、5年前に知り合いから紹介されてヨガを始めました。激しい運動は苦手で根性なしの私にヨガはぴったりです。とりわけ、無理せず頑張りすぎず、できるところまでやれば良いという緩いところが私には合っているようです。おかげで姿勢も良くなり、そのせいか今までずっと悩まされていた腰痛と背中の痛みも無くなりました。
しかし、体は元気でも頭の老化が進んでしまうとかえって周りに迷惑を掛けることになります。
10年前から語学(フランス語)を習っています。習い始めた当初の目的は、フランス語である程度意思疎通ができるようになって、将来フランスに旅行に行きたいというものでした。
しかし、50歳を過ぎると記憶力はみるみる衰え、毎回授業の度に先生の説明を聞いて「ああ、そう言えば、そんなことを以前教わった気がする」と既視感(デジャヴュ)のオンパレード。この10年間で授業のノートは何十冊も溜まっていくのに、習った内容は頭の中には溜らずほろほろとこぼれ落ちていくばかり。過去のノートを見返した折に、つい最近初めて習ったと思っていたことが実は以前にも、しかも何度も習っていたという事実を発見して愕然(がくぜん)とすることが多々あります。ある意味、毎回新鮮な気持ちで学習できていると言うことですけど。
このようなことで、数年前から当初の目的は完全に諦め、反復学習をすることが惚(ぼ)け防止につながるのだと信じて、語学学習を続けることが今の目的となっています。
頭の老化と体の老化の進行がバランス良く、同じペースで進んでいくのが理想なのですが、なかなかそううまくはいかないでしょう。それでも、年を取っても周りになるべく迷惑掛けないように、死ぬ間際まで自立して生活できるように、今後もぼちぼち頑張っていこうと思っています。
(一部省略)
福岡県 筑紫医師会報 第216号より