コロナ禍以降、かかりつけ医の問題がクローズアップされています。財政制度等審議会や自民党財政健全化推進本部は、かかりつけ医機能の要件を法制度上において明確化することを求め、「骨太の方針2022」には、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う」と記載されています。
患者にとって「かかりつけ医」機能は重要です。日本医師会はかかりつけ医の定義として、「何でも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要なときには専門医・専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療・保健・福祉を担う総合的な能力を有する医師」としています。
すなわち、全ての医師は、このような機能を持てば、かかりつけ医になれるということを意味しています。
一方、政府支出を抑制したい人々は、現行のフリーアクセスに制限を掛けるために、かかりつけ医の法的な制度化を検討しています。具体的には、かかりつけ医には認定制度を、患者には事前登録を求める等の制限を設けることで患者に受診しづらくさせ、結果として医療費、政府支出が減少することを目指しているのです。
また、登録制を主張する人は、よく海外の事例を引き合いに出します。例えば、国民皆保険を採用しながらフリーアクセスに制限を掛けている国があります。有名なのはイギリスのNHSにおけるGP登録制度です。イギリスではご承知のように、住民はかかりつけ医を登録し、原則としてその医師が診療を行うことになっています。「イギリスでできているのだから、日本もそれに倣え」というのが彼らの主張です。
果たして医療制度について「これだ」という世界のスタンダードはあるのでしょうか。過日、福岡県"One Health"国際フォーラム2022+アジア獣医師連合(FAVA)大会で、世界医師会(WMA)のオサホン・エナブレレ会長(ナイジェリア医師会元会長)と長時間ご一緒する機会を得ました。
私はかかりつけ医についてエナブレレWMA会長と議論を試みました。エナブレレWMA会長がいらっしゃるナイジェリアにもファミリードクター制があるのですが、なかなか話がかみ合いません。話し込んでいくうちに、「保険料をどのように徴収するか」「保険料は被保険者のリスクを反映するかどうか(病気がちの人は保険料が高くなり、健康な人は安くなるということ)」「保険料が所得額に比例するかどうか」「保険者は政府機関か民間企業か」「受診時の自己負担が存在するかどうか」「病院建築や高額検査機器に対してどの程度、政府の補助金があるか」「公立病院と民間病院の比率、営利法人運営の民間病院があるかどうか」「そもそも医療機関運営における政府支援とは何を意味しているのか」など、違いが多く、一概に比較できないという点で意見の収束をみました。
かかりつけ医の「あるべき姿」について論じているという認識は共有していたのですが、「この仕組みで何を満足させるのか」という目的が異なっていたので話がかみ合わなかったのです。何を優先して何を犠牲にするのか、基底にある風土、文化、死生観等によって定められる目的はその国の人達にとって核心的な価値観であり、簡単に他国に合わせられないものもあるのです。
医療制度や保険制度を検討する際に、他国を引き合いに出すことがありますが、制度のある一面にフォーカスを絞っての議論が必ずしも正解を導くとは思えません。まずは自国民が医療制度に求めていることを精密に汲(く)み取り、それを実現するための現状の課題との最大公約数を導き出すことが必要なのではないでしょうか。それには長い時間が必要であり、早急な決定は大きな混乱をもたらすだけです。
(日医総研副所長 原祐一)