1.はじめに
本日は、第154回日本医師会定例代議員会にご出席を頂き、誠にありがとうございます。
また、日頃より日本医師会の会務運営に特段のご理解とご支援を頂いておりますことに対し、この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。
最近、日本列島各地で地震が相次いで発生し、また今後は、更なる豪雨・台風災害も懸念されます。私どもとしても注意しつつ、十分に備えておく必要があります。
本日の定例代議員会では、昨年度の事業報告に加え、3件の議案を上程いたしております。慎重にご審議の上、何卒ご承認賜りますよう、お願い申し上げます。
2.組織強化
ご承知の通り、3月開催の臨時代議員会におきまして、常任理事4名を増員するための定款改正をお認め頂きました。改正の目的は、増大かつ多様化する会務に当たるための、医療現場を熟知した高い知見を有する人材の登用にあります。こうした期待に応えるように、本日議題を上程しております常任理事の選任・選定の件では、全国から4名の有為な先生方に立候補頂きました。後程正式に選任・選定頂いた暁には、直ちに、医師会組織強化を始めとする喫緊の課題に対し、執行部の新たな一員として、共に当たって頂きたいと考えております。
去る6月11日、日本医師会では、次世代の医療を中心的に担っていく若手医師の取り組みを通して、国民の信頼に応え続けていく医療のあり方等を考えることを目的として、シンポジウム「未来ビジョン"若手医師の挑戦"」を開催いたしました。本シンポジウムは日本医師会として初の試みです。当日は誰もが視聴できるよう、公式YouTubeチャンネルでライブ配信を行った他、現在も講演動画を公開しております。
今後もこうした取り組みを継続することで、若手医師を始めとした非会員の先生方の医師会活動への興味を喚起し、更なる入会促進につなげていくとともに、そうした先生方の声を広く聞く機会としても活用して参ります。
更に日本医師会を始め、全国の医師会業務のDX化の必要性も感じております。そこで、医師会組織強化検討委員会のご提言に基づき、全国の医師会事務局のご協力を仰ぎながら、新たな会員情報システム構築の検討を開始しました。
まずは、会員の先生方がWEB上で入退会などの諸手続きを行うことができ、都道府県・郡市区等医師会にも共通してお使い頂けるシステムを、来年度中に構築、提供できるよう準備を進めております。その後も段階的に機能拡張を図っていく予定ですので、内容が固まりましたら、改めてご報告いたします。
また、日本医師会が発行するHPKIカード「医師資格証」につきましては、電子処方箋(せん)の発行に必須となることが公表された昨年夏以降、非常に多くの申請を頂いております。保有者数は4万6000人を超えるようになりました。
ただ、世界的な半導体不足により、一時的に材料となるICカードの在庫が枯渇したため、今月より、クラウド上のセカンド電子証明書のみを先行発行して電子処方箋の発行には支障が生じないように対応いたしております。
カード発行に関しては、再開のめどが立った際に改めてお知らせいたしますので、引き続き、普及推進へのご理解とご協力をお願いいたします。
なお、昨年6月に創設した「日本医師会サイバーセキュリティ支援制度」につきましては、運用開始1年を契機に、電話相談窓口の開設時間延長や、対象に介護施設を追加するなど、支援内容の拡充を実施いたしました。9月以降には、厚生労働省の関連ガイドラインに関する解説資料の提供や専門相談窓口の開設を予定しており、更なる充実を図って参ります。
3.新型コロナウイルス感染症等
新型コロナウイルス感染症については、発生からおよそ3年5カ月が経過しました。引き続きその闘いは継続していますが、5月8日に、5類感染症に類型変更され、大きな区切りを迎えました。
全国の医療・介護関係者は、通常の医療を守りながら、時には本来の役割も超えて、新型コロナ対応に力を尽くして下さいました。わが国は、新型コロナによる人口当たりの死亡者数の低さなど、国際的に比較しても、世界有数の医療の実績を積み上げて参りました。これはひとえに、本日まで新型コロナに対しての都道府県医師会を始めとする、医療現場の先生方、医療従事者・関係者の皆様方のご尽力の賜物であり、心からの敬意と感謝を表します。
例えばCOVID―19JMATの枠組みでは、検査や宿泊療養などに延べ23万8000人の医師、看護職、事務職等にご参加頂くなど、非常に多くの関係者が従事され、国民の生命、健康のため、まさに医師会活動の本領を発揮して頂くことができました。
新型コロナに限らず、災害に目を向けますと、11月に千島海溝地震を想定した情報通信訓練を北海道医師会等の協力の下に行う予定であります。引き続き災害への備えについてご協力の程お願いいたします。
4.かかりつけ医機能
かかりつけ医機能については、昨年の「骨太の方針2022」においては「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う。」とされていましたが、議論が深められ、今回の「骨太の方針2023」では「かかりつけ医機能が発揮される制度整備の実効性を伴う着実な推進」とされました。
かかりつけ医機能の制度整備につきましては、5月19日に公布された「全世代対応型の持続可能な社会保障制度を構築するための健康保険法等の一部を改正する法律」をもちまして一定の整理がなされたものと理解しております。
本件につきましては、6月14日に都道府県医師会を対象とした説明会を開催しております。引き続き、日本医師会は、国民のために、かかりつけ医機能が更に発揮されるよう着実に前進して参ります。
5.外来機能報告・紹介受診重点医療機関
令和4年度から、地域の医療機関の外来機能の明確化・連携に向けて、外来機能報告制度が始まっております。
報告は、病院や有床診療所は義務とされ、無床診療所は任意とされています。そして、現在、この報告を基に各地の地域医療構想調整会議などの場で、「紹介受診重点医療機関」の協議が行われております。
日本医師会でも先日、都道府県医師会、郡市区等医師会を対象に説明会を実施したところですが、今後も、地域の医師会が協議の場で主体的な役割を果たせるよう、取り組んで参ります。
6.令和6年度トリプル改定に向けて
財務省財政制度等審議会は、5月29日に「歴史的転機における財政」、いわゆる「春の建議」を公表しました。例年どおり、医療等に関するさまざまな主張を展開しました。
その中には、コロナ補助金などにより病院の純資産が増加しているとの主張もありました。しかし、病院団体の調査によると、2022年度の医療機関の経常利益は、新型コロナ、物価高騰関連補助金を除きますと72・2%が赤字になり、補助金を含めても51・6%が赤字になるとされています。
コロナ補助金は、あくまで不眠不休で未知のウイルスに立ち向かった医療従事者への一時的な支援であります。昨今の物価高騰や賃上げについては、一時的なものではなく、恒常的に対応する必要があることから、診療報酬での対応をするべきです。
それに対しても、日本医師会はこれまでも会見等でしっかりと主張して参りました。まず、4月28日には、四病院団体協議会(日本病院会、全日本病院協会、日本医療法人協会、日本精神科病院協会)、全国医学部長病院長会議との連名で、「医療分野における物価・賃金高騰対策に関する要望書」を自民党政務調査会社会保障制度調査会に提出いたしました。5月10日には、日本歯科医師会、日本薬剤師会との連名で、「医科・歯科・調剤分野における物価・賃金高騰対策に関する三師会合同声明」の合同記者会見を行いました。
更に、5月25日には日本看護協会、全国老人保健施設協会、全国老人福祉施設協議会、日本認知症グループホーム協会を加えた12団体連名で、「医療・介護における物価高騰・賃金上昇への対応を求める合同声明」を公表しました。そして、5月31日には、医療関係を中心とした41団体による国民医療推進協議会総会を開催し、「骨太の方針に令和6年度のトリプル改定での物価高騰と賃上げへの対応を明記して頂き、必要財源を確保するよう強く要望すること」を決議いたしました。併せて、日本医師連盟を通じて、地元選出の自民党国会議員の先生方に働き掛けをお願いしたところであります。
6月7日開催の第8回経済財政諮問会議では「骨太の方針2023」の原案が示されました。その後、自民党の厚生労働部会や政調全体会議等を始め、活発な議論が行われた結果、今回の閣議決定では「物価高騰・賃金上昇、経営の状況、支え手が減少する中での人材確保の必要性、患者・利用者負担・保険料負担への影響を踏まえ、患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう、必要な対応を行う。」とされました。すなわち、原案にありました「抑制の必要性」が「影響」に修正された他、「患者・利用者が必要なサービスが受けられるよう」という文言が新たに追加されました。代議員の先生方の地域におけるこれまでの活発な働き掛けが実を結んだものと理解しており、深く感謝申し上げます。
これから年末に向けて、令和6年度トリプル改定の議論が本格化しますが、物価高騰・賃金上昇に対応した社会保障関係費について、年末の予算編成過程での前向きな議論となるものと受け止めております。「物価高騰・賃金上昇、経営の状況、支え手が減少する中での人材確保の必要性」に基づいた改定が実現するよう、引き続き日本医師会は政府に働き掛けて参ります。
一方、「少子化対策・こども政策の抜本強化」についても、先般閣議決定されました「こども未来戦略方針」を受けて、「骨太の方針2023」に記載がございます。こども・子育て、少子化対策は大変重要な政策ではありますが、先ほど申し上げた国民医療推進協議会の決議にもありましたように、「病や障害に苦しむ方々のための財源を切り崩してはならない」と考えております。
また、一部のマスコミにより、日本医師会が少子化対策・こども政策に関する財源確保に反対しているかのような旨の報道もなされておりました。しかし、そうではなく、日本医師会は少子化対策・こども政策は今後の日本にとって大切なことだと考えております。これは日本医師会の一貫した主張であり、変わっておりません。
社会保障の財源をしっかりと確保することは不可欠です。少子化対策・こども政策の財源は社会保障財源とは別に確保することが必要だと考えております。財源には限りがあるため難しい問題ではありますが、政府には、社会保障と少子化対策・こども政策の両方の視点をもって取り組んで頂くよう、引き続き求めて参ります。
7.医師の働き方改革
令和6年4月から始まる医師の働き方改革に関しては、「骨太の方針2023」の原案では「医師が不足する地域への大学病院からの医師の派遣の継続を推進する」といったことや、「大学病院の教育・研究・診療機能の質の担保を含む勤務する医師の働き方改革の推進」といった文言が注釈に書かれておりましたが、今回の閣議決定では、これが本文に明記されました。
医師の働き方改革では、「医師の健康確保」「地域医療の継続性」、そしてまた、「医療・医学の質の維持・向上」の三つの重要な課題にしっかりと取り組むことが重要と考えております。日本医師会は、厚労省から指定を受けた医療機関勤務環境評価センターの業務を中心に、医療機関及び勤務医の先生方を支援していく所存であります。
8.マイナンバーカードによるオンライン資格確認
マイナンバーカードによるオンライン資格確認に関して、「骨太の方針2023」では「マイナンバーカードによるオンライン資格確認の用途拡大や正確なデータ登録の取り組みを進め、2024年秋に健康保険証を廃止する。」とされております。
健康保険証を廃止する場合、国民の理解を深めるために、国として丁寧に周知・広報することが重要です。国民皆保険の下で、健康保険に加入し、保険料を納付されている全ての国民、患者の皆様が、必要な時に適切な自己負担額で医療を受けられる環境を整備し、「誰一人取り残さない」ようにすることは、医療DXの大前提と考えます。マイナンバーカードを取得していない国民が保険診療を受けられない状況や、医療現場に混乱を招くことがないようにしなければなりません。
また、国民・患者の皆様や医療機関に安心してご利用頂くためには、信頼性を高めることが最も重要です。国や保険者、システムの運営主体である支払基金には、データの正確性の確保に全力で取り組んで頂きたいと思います。
解決策といたしましては、ひも付けるデータの正確性の確保に全力で取り組んで頂くことに尽きますが、現在、国民、患者の皆様や、医療現場の皆様が抱いている不安感や不満にしっかりと耳を傾けて頂いて、一つずつ丁寧かつ確実に解決して頂きたいと思います。
加えて、何か問題や疑問が生じた際に、国民・患者の皆様や医療機関が報告・相談する窓口の拡充とその周知・広報、相談に対する懇切丁寧な対応も併せて強く要望いたします。
9.医薬品の安定供給
今回の「骨太の方針2023」では「経済安全保障推進法の着実な実施と取り組みの更なる強化を行う。」とされています。経済安保法では、「抗菌性物質製剤」が最も優先して安定供給確保のための対応が必要な特定重要物資とされています。しかし、他業種に比べ予算規模も小さく、その対策は十分とは言えません。
また、創薬力強化に向けた取り組みが列挙されておりますが、医薬品開発では、新薬が日本に入ってこない状況を指す「ドラッグ・ロス」が発生しており、承認が遅れる「ドラッグ・ラグ」より事態は深刻です。
特に、日本法人や国内管理人を持たない新興バイオ医薬品企業は、有効性・安全性を証明する重要な試験に日本を組み入れず、日本に新薬が入ってこないのが現状です。
更に、医薬品品質問題として、後発品をめぐっては、企業の相次ぐGMP違反に伴って、供給不安が続いており、一連の問題の背景はかなり深刻です。品質確保・安定供給に向けて各企業は努力していますが、取り組みの内容や法令順守意識に差があります。医薬品の安定供給は、製造販売業者の責務だけではありません。世界情勢や地政学的見地から、製薬企業のみに委ねることは難しく、国による産業への関与は必要不可欠です。
安定供給問題は後発品企業だけではなく、先発品企業も含めた、業界全体の問題であり、国の強いリーダーシップによって、医薬品の産業構造をより強固なものにしなければならないと考えております。
10.おわりに
最後になりますが、今回のコロナ禍を通じて、多くの国民は医療へのアクセスの重要性を痛感しました。
財政審の「春の建議」は、医療における多くの問題を孕(はら)んでおり、今後、医療の現場を脅かすことが懸念されます。
財政上の理由から保険給付範囲を縮小していけば、たとえ全ての国民が公的医療保険に加入しているとしても、国民が必要とする医療を給付できなくなります。低所得者層の貧困化も社会問題となる中で、所得に差がある等の理由で、必要な医療を利用できる患者さんと利用できない患者さんの間に分断を生み出してはなりません。
国民生活を支える基盤として、「必要かつ適切な医療は保険診療により確保する」という国民皆保険制度の理念を今後とも堅持していくことが求められます。
日本医師会は、国民の生命と健康を守るためにも、政府の審議会等で、現場の声を踏まえた意見をしっかりと述べていく所存です。
結びに当たりまして、今後とも皆様からの絶大なるご支援を賜りますよう切にお願い申し上げまして、私の所信とさせて頂きます。