日本医師会定例記者会見 10月25日・11月2日
松本吉郎会長は、11月1日の財務省財政制度等審議会財政制度分科会(以下、財政審)での社会保障についての議論が行われたことを受けて、令和6年度診療報酬改定に向けた日本医師会の考えを改めて説明。地域医療を守っていくための賃上げは、診療報酬改定の中において別枠で行うことが必要だと強調した。
2020年をベースに比較することはミスリード
松本会長は、財政審において、直近2年間の診療所の損益率が極めて高水準で、経常利益率も急増し、利益剰余金が積み上がっているとの前提で議論がなされたことに対し、「この3年間はコロナ禍の変動が顕著であり、特に、コロナ特例による上振れ分が含まれている。そもそもコロナ禍で一番落ち込みが厳しかった2020年をベースに比較すること自体がミスリードであり、もうかっているという印象を与える恣意(しい)的なものである」と反論。コロナ特例については、5類感染症への移行後、既に半分以下と大幅に引き下げられており、こうした一過性の収益を前提に恒常的なフローについて議論するのは極めて不適切であると指摘した。
その上で、「TKC医業経営指標(M―BAST)」を基に独自に分析した診療所の医業に関する利益率を取り上げ、コロナ特例などのコロナ対応分を除くと利益率3・3%程度となり、コロナ流行前よりも若干悪化している可能性があるとして、報酬特例の見直し等によって経営環境がより悪化していくことを懸念。「他業種と比較しても診療所の利益率は特段高いものではなく、医師が一人のみである場合など比較的事業規模が小さいことを考えると妥当な利益率だ」と主張した。
利益剰余金を減らすことは赤字に転落することを意味する
更に、財政審が診療所における利益剰余金が約2割増えたとしていることに対し、「利益剰余金を削る、もしくは減らすということは、通常はその法人が赤字に転落することを意味するが、赤字になれば必要な返済や投資ができなくなり、新たな借り入れも難しくなる」と強調。そもそも利益剰余金は大規模修繕等に充てる他、法人が解散する際、原則、最終的には国庫等に帰属するなど、医師、役員に帰属するものではないことを説明した。
また、開業後しばらくの間は借金返済のためにストックがほとんどない状態であることから、「地域医療において人材をしっかり確保していくための賃上げなどの原資はフローから出すべき」との見解を改めて述べ、「『医療機関の賃上げは公定価格の中では対応しない』『利益剰余金を取り崩して実施しろ』という姿勢はあまりにも理不尽であり、地方の医療提供体制の弱体化を招くことを財務省はしっかりと認識すべきだ」と訴えた。
診療報酬の大幅なアップなしに賃上げは成し得ない
これらを踏まえ松本会長は、診療報酬改定に向けた日本医師会の考えとして、(1)秋の新たな経済対策の中で、入院中の食事療養等の補助金や光熱費等の物価高騰に対する継続支援を要請しているが、あくまでも当面の対応であり、今後は報酬改定で対応すべきである、(2)財政審では「現場従事者の処遇改善等の課題に対応しつつ診療報酬本体をマイナス改定とすることが適当」と主張されているが、診療報酬の大幅なアップなしでは賃上げは成し遂げられない―と主張。「賃上げという岸田政権の重要政策を踏まえて、今年の春闘や人事院勧告の上昇分との差を埋めるだけでなく、更に上がると見込まれる来春の春闘に匹敵する対応が必要である」と述べた。
更に、過去30年近く類を見ない物価高騰や賃上げの局面を迎えている現状は、これまでとは明らかにフェーズが異なっているとして、「岸田文雄内閣総理大臣は、『コストカット型経済』からの完全脱却とも述べられたが、診療報酬改定においても、コストカット型から完全に脱却し、異次元の対応が必要となる」と改めて強調。
賃上げは利益剰余金のようなストックではなく、高齢化の伸びのシーリングに制約された従来の改定に加えて、診療報酬改定の中において別枠で行うことを求めた。
財政審の主張の各論についても反論
松本会長は、まず、「高齢化等に伴う事業者の収益増等(全体として年プラス2~3%)が現場の従事者の処遇改善につながる構造を構築する。」とされたことに対し、10月24日の自民党政調全体会議で「医療も介護も公定価格で賃上げに対応できていない」「見直しではなく、引き上げと書くべきだ」「収益は事業者ごとにばらつきがある」といった意見があったことを踏まえ、「新たな総合経済対策(案)」から、「現場で働く方々の給与に関わる公定価格の見直しを進め、高齢化等による事業者の収益の増加等が処遇改善に構造的につながる仕組みを構築する」という記載が全て削除されたことを紹介し、既に解決済みの問題であるとの認識を述べた。
その上で、各論として、変革期間における診療報酬改定(総括)において「診療所・病院・調剤の区分毎に経営状況や課題等が異なることを踏まえたメリハリをつけた改定とする。」と記載されていることについては、「診療所と病院は役割分担として違う部分もあるが、治療としては一連のものであり、患者さんの受けている医療に差はない」と指摘。更に、今回の診療報酬改定については、「岸田政権の重要政策である『賃上げ』を、医療・介護就業者数約900万人に対し、公定価格の引き上げを通じていかに成し遂げていくかという大きなチャレンジである。物価高騰への対応を含め、医療・介護業界が一体・一丸となって政権の方向性に進んでいく重要な年であり、他団体とも、診療報酬改定の大きな方向性において、声を一つにして歩んでいくべき」との考えを示した。
また、財政審の場で、特定の領域には賃上げへの対応は必要ないといった議論があったことに対しては、「到底、受け入れ難いものであり、大変残念である」とした。
「この3年間の医療関係の特例的な支援」については、不眠不休で未知のウイルスに立ち向かい、通常の診療時間外に発熱外来やワクチン接種、自宅・宿泊療養者の健康観察などを行った医療従事者への支援であると説明。「国民と一体となって対応してきたにもかかわらず、その支援の返還を求めるのは、全力を尽くした医療従事者に対してあまりにもひどい意見である」と強く抗議した。
「医療法人における直近の経営・財務状況(財務省機動的調査結果)」については、経常利益率が15%以上の医療法人には自由診療を行っている医療法人なども含まれている可能性があるとし、「主に自由診療を実施する医療法人の経常利益を含んだ数字を基に公定価格である診療報酬の議論を行うことは不適格」と指摘。「マイナスの程度によっては、最頻値の集団である経常利益率0~5%の医療法人が赤字に陥り、地域医療の崩壊を招きかねないことを想定しているのか」と疑問を呈し、丁寧な精査を求めた。
「診療所数の推移」として財政審が2000~2008年度に掛けて診療所数が増加していることに着目していることに対しては、「高齢者の増加に応じて対応した結果であり、その後、診療所数の伸びが鈍化しているのは、地域に密着した医療が提供されている証で、そうした診療所が地域包括ケアを推進している」と強調。診療所のみによって支えられている地域も多くある中で、医療機関の閉院が相次いで発生していることに懸念を示した。
地域別の単価導入やリフィル処方箋(せん)は解決済みの問題
更に、診療所の偏在是正のために地域別単価を導入すべきとしていることに関しては、「地域別単価については解決済み」として門前払いした上で、診療報酬上では、医業経費における地域差を配慮した入院基本料の地域加算や、医療資源が少ない地域の施設基準を緩和するなどで、既に対応できるものは実施されていると説明。また、「医療資源は都道府県ごとで異なるが、国民皆保険制度の下、平等性を担保する観点から、診療報酬は全国一律の運営を行っており、点数単価や同じ医療技術の評価を変えることは診療報酬になじまない」とした。
「マイナ保険証の利用促進」については、「マイナ保険証は国民に義務化しているものではなく、取得は任意であり、利用促進のためには、国民への呼び掛けが最優先」と強調。また、衆議院予算委員会において、岸田総理がマイナ保険証の利用率の減少について、「ひも付け誤り等に対して不安に感じていることが一つの原因であり、改めて国民の皆さんにマイナ保険証のメリットを丁寧に説明する必要がある」と述べていることにも触れ、「国民の皆さんが不安を感じておられるのが原因であり、医療機関に責任を押し付けるべきではない。低迷しているマイナ保険証の利用率に着目した評価設定は、見当違いも甚だしい」と批判した。
更に、「リフィル処方箋」については、令和4年度診療報酬改定において解決済みの問題であるとの認識を示した上で、リフィル処方箋の応需実績は、患者の状態によって、医師による定期的な医学管理の下で利用可否を判断した結果であると説明。また、財政審が、リフィル処方箋の導入・活用促進による医療費効率化効果に関して、予算と決算で乖離(かいり)があると指摘していることに対しては、「診療報酬の改定は、医療費に関する予算と決算の差異について、事細かに結果だけを取り上げて行われてきたわけではなく、医療費全体を見て、総合的に実施されてきたことである」とするとともに、「予算の執行状況でリフィル処方箋を推進しようとするのであれば、医療介護総合確保基金などの執行状況が悪かった場合などをまず先に、要件を緩和すべきである」と強調した。
その上で、松本会長は、「全てに反論していたらキリがない」とし、今後については「今回取り上げた問題ばかりでなく、財政審の資料には多々問題がある。今後も中医協や社会保障審議会の医療部会、医療保険部会等を始めとした審議会等で日本医師会の意見を述べていきたい」として、その主張への理解と協力を求めた。