腎臓内科医となって30年が経つが、言葉もいろいろと生まれてくるものだと実感する。慢性腎臓病(CKD)もその一つで、2011年から啓発活動に従事してきたが、早12年が経過した。最近では女優檀れいさんや島耕作の力も借りて、CKD、eGFRといったワードが医療従事者のみならず一般市民にもいよいよ浸透してきた感がある。
言葉だけでなく、SGLT2阻害薬やHIF―PH阻害薬などと新たな薬剤も登場している。とは言っても、結局今でも一番大事なのは食事療法、というところがCKD患者さん達のつらいところだろう。塩分の少ない食事はやはり「おいしくない」「つまらない」という言葉を毎日のように拝聴する。いくら時代が進んでもこればっかりは変わらぬ現実で、お互い苦々しいばかりである。
まずは栄養指導であるが、時に1~2週間の教育入院を経るとかなりの効果が得られる。その一つの要因に、舌の感覚器である味蕾(みらい)の細胞周期が関与する。味細胞は比較的早い約10日でturn overする。ということは10日間減塩食を我慢すれば、退院後は薄味への違和感が少なくなるというわけだ。
そんな経験をしたCKDのAさんは70歳代の男性。教育入院を経て、血圧も落ち着き腎機能も安定化した。結果オーライなのだが、その入院当初の彼の言葉が強烈だった。「Aさん、腎臓の食事はいかがですか?」「先生、はっきり言うけどくさ、まずかよ」「味気ないですか?」「正直、食えたもんじゃなか」「塩分6グラムですもんね」「あのさ、まるで鶏のエサばい、先生も1回食ってみい」
以前カリウム吸着薬を処方した患者さんから「まるでセメント」と言われたことがあったが、それはさもありなんとは思った。でも鶏のエサはさすがに誇張が過ぎると引っ掛かった。
というわけで自分なりに調べてみた。養鶏場での標準的な飼料中に含まれる塩分量は1日当たり0・35グラム。成鶏の体重を3キロとしてAさんの体重60キロに当てはめてみると、何と1日当たり約7グラムの塩分量だった。Aさんはものの見事に言い当てていたのだ。人間の直感、素直な「ものの例え」は決して侮れないと感じ入った。
退院後のAさんはいたって上機嫌で、奥さんが厳しく実践する減塩にも愚痴一つこぼさず生き生きと過ごしていた。石の上にも3年ならぬ、鶏のエサも10日、といったところでしょうか。