ハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学院武見国際保健プログラム設立40周年記念シンポジウムが、「デジタルヘルス:地域医療にとっての機会と課題」をテーマに、11月11日、日本医師会館大講堂で開催された。
同シンポジウムは、今村英仁常任理事の司会で開会。冒頭、歓迎の辞を述べた松本吉郎会長は、武見プログラムにおいて、これまで日本人68名を含む61カ国323名の武見フェローが輩出されたことを説明。新興感染症の世界的まん延、災害の激甚化・頻発化への対処に当たっては、グローバルかつダイナミックな視点が必要であり、武見プログラムで学んだフェロー達には、その研究や後進の指導に当たって欲しいとした。
続いて、武見敬三厚生労働大臣、ラーム・エマニュエル駐日米国大使、上野裕明日本製薬工業協会長が来賓あいさつを行った。自身も武見フェローOBである武見厚労大臣は、父の名前を冠した同プログラムを支えてきた各関係者に謝意を示した上で、各国の保健分野の政策に貢献しているフェロー達が、50周年に向けて新たな道を切り開いていくことに期待を寄せた。
基調講演1
続いて、角田徹副会長を座長とした基調講演1では、まず、来年1月に武見プログラム主任教授に就任する後藤あや福島県立医科大学総合科学教育研究センター・大学院医学研究科国際地域保健学教授が、先月、ボストンのハーバード大学で開催された武見プログラム設立40周年記念シンポジウム(別記事参照)の概要として、AIプラットフォームを用いて患者特性を予測した対応や指針が提示される仕組みや、バーチャルリアリティを利用した患者間の交流を促す試みなどを紹介するとともに、デジタル化が進む中で取り残される人が出ないよう、「デジタルの公平性」も強調されたことを報告した。
続いて、約40年にわたり武見プログラムの主任教授を務めてきたマイケル・ライシュ ハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学院武見国際保健プログラム名誉教授が、同プログラムが1983年に公衆衛生大学院に学際的研究プログラムとして設立された経緯を概説。本研究はキャリアのためではなく、社会問題解決のためのもので、医療政策を実行していくことが大切だとした。
基調講演2
今村常任理事を座長とした基調講演2では、長島公之常任理事が、これまで、わが国においては保健・医療・介護のデータが有機的につながっておらず利活用が困難であったことから、公的医療保険の資格をオンラインで確認する仕組みや、電子カルテ情報の標準化、公的医療費の請求システムのDXなど、基盤づくりを進めていく必要があるとするとともに、日本医師会としてもその推進に全面的に協力していく姿勢を示した。
第1部 複合危機の時代におけるデジタルヘルス
近藤尚己京都大学大学院医学研究科社会疫学分野主任教授は、健康づくりにおいては、個人の努力以前に社会的ネットワークや社会的経済状況、文化など、さまざまな社会的要因が深く関わっていることを指摘。その上で、社会的孤立が喫煙に匹敵する悪影響を及ぼすという社会疫学の認識を、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで誰もが自覚するようになったとして、人とのつながりをデジタルで補い、健康長寿社会を目指すべきとした。
また、デジタル技術を用いた絵画鑑賞やピアノの演奏など、感性を動かすアートの力も有効であるとし、文化資本によって健康資本をつくることを提案した。
ジューワン・オウ ソウル大学医学部教授は、「低学歴や貧困層、農村部や遠隔地などの住民には、健康においても格差がある」として、これらをデジタルヘルスで解消すべく、平昌(ピョンチャン)の農村部で行った大規模なデジタルヘルスの実験を紹介。在宅での血糖値や血圧の測定値が、地区のスマートヘルスセンターや医療機関のプライマリケア医と共有されることで、適切な管理と状況に応じた医療介入が可能となるとして、今後は他の地域にも広げていく考えを示した。
続いてコメントを行った占部まり宇沢国際学館代表取締役は、父である経済学者の宇沢弘文が提唱した社会的共通資本の理論に基づき、豊かな社会に欠かせない医療は、市場システム以外で管理・運営する必要があることを概説した。
田沼順子国立国際医療研究センターエイズ治療・研究開発センター医療情報室長は、若者向けの性教育アプリなど、国内外でデジタル技術を用いたHIVハイリスク層に対する予防・啓発に向けた取り組みが進んでいることを報告した。
その後のパネルディスカッションでは、デジタルヘルスが格差を埋める一方で、反対に格差を広げる可能性があることや、独居の高齢者が多い日本の社会的背景を踏まえ、デジタルをどのように活用できるか議論が交わされた。
第2部 デジタル時代の共生とジェンダー
山本太郎長崎大学熱帯医学研究所国際保健学教授は、感染症のパンデミックが社会変革をもたらしてきた歴史を説明した上で、新型コロナによって情報技術を中心とした社会が出現したとし、構造的な人口減少が進む日本において、その手段を用いてどのような社会をつくるかが今後の課題だとした。
マリレン・ダンギラン サルブリス医療センター外部顧問/ビセンテ・L・ダンギラン記念クリニック共同管理者は、デジタルヘルスの有効性が認められる中で、携帯電話を持てない低所得国の若者、特に女性が取り残されていることから、女性にスマートフォンを渡すプロジェクトを実施していることを報告。公平なブロードバンドアクセスは女性の健康の向上のみならず、男女平等の推進にもつながると強調した。
続いてコメントを行った大石明宣愛知県医師会理事は、人工呼吸器を装着した寝たきりの医療的ケア児が、わずかに動く指と眼球を用いてプログラミングをしたり、学校の試験を受けたりしている様子を動画で紹介。コンピューターの発語による会話も可能であるが、デジタルヘルスだけの支援では不十分であり、今後は学校のバリアフリー化や付き添いをどう進めるかが課題になるとした。
岡本真希日本医師会ジュニアドクターズネットワーク(JMA―JDN)国際担当役員は、女性医師は妊娠、出産、育児に伴う研修の遅れからリーダーシップポジションに就くことが難しく、男女間で収入格差が生じていることを問題視。デジタル技術を取り入れた研修などで手術手技をトレーニングできるような支援や、ライフステージに応じたバリエーションのある働き方ができる環境整備を求めた。
ローティン・リン 中国医薬大学公衆衛生学院労働安全衛生学部助教授は、台湾では、医師が健康保険証を用いてクラウドデータにアクセスし、患者の医療情報を得られることを説明。ヘルスデータはプライバシーに関わるものであるため、ガバナンスが重要だと指摘した。
その後のパネルディスカッションでは、ジェンダーギャップの解消や、子どもを社会で支えるためのシステム構築、大量の医療情報の中での真偽の判断など、さまざまな観点から意見が交わされた。
武見フェローからの提言
「武見プログラムの果たす国際保健への貢献の再確認」として、ジェシー・バンプ ハーバード大学T.H.Chan公衆衛生大学院武見国際保健プログラム事務局長・国際保健政策講師は、学んだことを将来に生かしていく決意を表明するとともに、定期的なシンポジウムの開催を提言した。
また、田沼氏は「武見フェローから日本医師会へのメッセージ」として、フェロー20名でまとめた武見プログラムの今後のあり方を基に、(1)フェローOB・OGのネットワークの強化、(2)成果の可視化、(3)プログラムのサステナビリティ―を課題に挙げるとともに、50周年に向けて準備委員会を設け、今後10年の具体的な行動計画やアクションプランを検討する必要があるとした。
最後に、神馬征峰東京大学名誉教授からは全体の総括と閉会の辞が述べられた。