春になると桜前線が日本列島を北上し、津軽、弘前には4月中旬から5月のゴールデンウィーク頃まで滞在します。全国各地に桜の名所があるのに、なぜ弘前公園の桜は見る人の心を引きつけるのでしょうか。
弘前公園の桜見物には、毎年全国からの約250万人の観光客で大いににぎわいます。澄み切った青空に残雪を被った岩木山の雄姿がドッカと座し、天守閣が正面に、そして松の緑が脇役を果たしている背景に、約2600本の見事に咲き誇る桜は見る人の心を捉えて離しません。
このように構図の良さも素晴らしく、誰もが「日本一」と感嘆の声を発します。
東京に住んでいる叔父から「国内の桜の名所はほとんど制覇したが、今年こそはどうしても弘前公園の満開の桜を見たい」との連絡がありました。
叔父を弘前公園に案内して桜を見て開口一番「これはやはり日本一です。よその桜に比べて花が大きい、すなわち一つの芽から出る蕾(つぼみ)の数は通常で3~4個なのに、弘前公園の場合は平均で4~5個で時には7個と蕾が多いので花が開いた時に量感があり、それで見る人に力強さを訴えてくれるのです。ここまで見事に花に量感を持たせるには裏方さんの並々ならぬ花に対する愛情と努力が感じられます」と言いました。十分に満喫し、「ここを管理している裏方さんに苦労話を聞きたいものです」と言って帰京しました。
毎年桜の季節になると叔父が「弘前公園の桜はよその桜に比べて花の量感が違う」と言っていた言葉を思い出しましたが、気にも掛けずに何年も過ぎていました。
ある時、友人と雑談している時に「弘前公園の桜はよその桜に比べて花の量感が違うんだってね」と言ったら、友人が「弘前市役所の職員でKさんという樹木医の方が桜守をしてくれているからです」と教えてくれました。
そこでどうにかして樹木医のKさんにお会いしてお話をお聞きしたいと思っていたら、平成11年頃に知人がKさんを紹介して下さり、お話を聞くことができました。
初対面なので少し話しづらかったようでしたが、一言一言言葉を選んで話してくれました。Kさんに「桜切るバカ梅切らぬバカということわざがありますが」と言われた時に、一瞬何を言い出すのかなと思いましたら、改めて解説をしてくれました。
「桜は枝を切ると枯れることがあるのでそのままにしておくのが良く、逆に梅は無駄な枝が伸びないように切った方が良いということが昔から言われてきたのですが、私達はこれまでに信じられてきたことわざにあえて逆らって桜の枝を剪定(せんてい)したのです。その理由は、リンゴも桜も同じバラ科の花木類だからです。津軽ではおいしいリンゴをならせるために剪定するので、桜も見事な花を咲かせるには2月から3月の剪定が必要なのです。剪定して枯れた枝や病気の枝を落とし、風通しや日当たりを良くすると元気になるのです。また老化した枝を切り落とすと若い枝が伸びるのです。要するにリンゴの剪定で体得した技術を桜に応用したのです。それに加えて6月から8月に根元に肥料をやり、枝に薬剤散布をします。花の量感を感じさせるのは剪定をしたからなのです。最後の決め手は毎日桜の木一本一本を見て回ることが大切なので、今は公園管理事務所の約50人の職員(桜守)が手分けして見回っています」と教えてくれました。
この話を聞いて日本一の桜を維持するために、陰にこんなに多くの苦労があることを知り、頭が下がりました。
説明が一段落した時に、「桜を見るのにべストの時間は何時ですか」と尋ねたら、「朝に太陽が昇り、光が桜を照らした時です」と教えてくれました。
私は学生時代から弘前に住んでいたので、春になると弘前公園の桜を必ず見に行きました。ほとんどが日中とライトアップされた夜の桜を見て満足していました。
そこでKさんの言葉を信じ、早朝に公園に行き桜を見たら、朝露を含んで淡いピンク色の花びらが太陽に照らされて光る桜は最高でした。思わず「これこそは弘前公園の桜だ」と絶叫しました。
遠来からの観光客は弘前公園に到着する時間の関係で日中と夜の桜を見て感動してくれますが、時間が許すならば早朝の桜を見て、"これぞ弘前公園の桜だ"と堪能して欲しい気持ちになりました。
長年桜守をしてくれたKさん、ありがとうございます。