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令和6年(2024年)4月5日(金) / 日医ニュース

ヒト受精卵に関する最新技術を臨床利用する際の課題等を解説

永井氏(左)と渡辺常任理事永井氏(左)と渡辺常任理事

永井氏(左)と渡辺常任理事永井氏(左)と渡辺常任理事

 シンポジウム「先端的な医科学技術がもつ生命倫理の課題」を2月29日、日本医師会館大講堂でWEBによるライブ配信で開催した。
 本シンポジウムは、「生命の萌芽(ほうが)」と位置付けられるヒトの受精卵に関する先端的な医科学技術について、世界をリードする最新技術を紹介するとともに、仮に将来、臨床利用される場合に備えて今から検討しておくべき課題を分かりやすく解説することを目的に開催されたものである。
 渡辺弘司常任理事の司会で開会。冒頭、あいさつした松本吉郎会長は、昨今、多能性幹細胞を用いたヒト胚類似構造体の誘導や、受精卵に対しゲノム編集技術を適用する基礎研究が行われるようになったことに触れ、「これらの研究により、遺伝性疾患や先天性疾患のメカニズムの解明、予防・治療への期待が寄せられる一方で、革新的技術を医療に実装するに当たっては、その安全性・有効性を確認することが第一の課題となる」と強調した。
 続いて、座長の永井良三自治医科大学長が、「新しく生じる倫理的・法的・社会的な課題の解決のためには、社会との対話によって合意を形成することも求められており、国や一部の専門家だけではなく、広く社会の中で検討を進めておくことが重要になる」と指摘した。

240405f2.jpg 引き続き、講演では、まず、髙島康弘京都大学iPS細胞研究所未来生命科学開拓部門准教授が、多能性幹細胞からヒト胚に類似した構造を誘導する研究の最新知見と展望について解説。
 多能性幹細胞(ES/iPS細胞)の歴史を紹介した上で、ヒトの初期発生を研究しなければならない理由として、ヒト胚の子宮着床後の発生はほぼ未解明であり、妊娠が分かったとしても着床後のヒト胚の解析は困難であることを挙げた他、マウスとヒトの発生は大きく異なり、動物実験だけでは分かり得ないことも示した。
 また、ヒト胚(余剰胚)を利用した研究はリソースや倫理面の制限があり、日本ではほぼ研究ができない状況にあることから、幹細胞を用いたヒト発生モデルを用いることを提案した。
 更に、期待される成果として、「ブラックボックスとされる着床期ヒト初期発生の解明」「ヒトES/iPS細胞からの分化誘導方法の改良」「不妊症に対するメカニズム・治療法の確立」等を挙げるとともに、私見として、「ヒト胚オルガノイド」を用いた研究について、メリットや解決すべき課題を説明し、日本でも世界に遅れず推進していく必要があるとした。

240405f3.jpg  阿久津英憲国立成育医療研究センター研究所再生医療センター長は、受精卵へのゲノム編集遺伝子研究に関する世界的な取り組みや考え方を解説。
 ゲノム編集技術を用いる遺伝子治療には遺伝子を加える場合と塩基レベルで操作(編集、修復)する場合があるとした上で、実際に行われている手技などを紹介した。
 次に、「私達の身体はただ一つの細胞から始まっており、受精卵のゲノム改変は全ての細胞へ影響し、世代を越える」と述べ、その影響の大きさを強調するとともに、受精から個体発生の流れなどを研究し、ヒト初期発生の知見を深めることは、科学だけでなく医学的にも重要であるとの考えを示した。
 また、日本の規制の枠組みについて説明し、遺伝子改変したヒト受精胚の臨床利用は是か否かに対して、メリットとして「病気のない赤ちゃんをつくる(遺伝病の予防)」「エンハンスメント(特定の特性または強化を持つ赤ちゃんをつくる)」「不妊症への対応」を挙げるとともに、ゲノム編集技術に関する国際的動向も併せて紹介した。
 更に、私見として、生まれた子の健康へのフォローアップや責任、世代を超える影響等は重要な課題であるとするとともに、起こる現象が予見できないものもあることから、不適切な利用を防ぐためにも、実施者側、享受者側からの情報発信や教育、国際的な枠組みが必要になると強調した。

240405f4.jpg  神里彩子東京大学医科学研究所先端医療研究センター生命倫理研究分野准教授は、「ヒトの胚」に関する医科学技術について、倫理的・法的・社会的な課題と解決に向けた方策を解説。
 世界初の体外受精技術に対する社会の反応など歴史的なトピックを紹介した上で、生殖に用いられない「余剰胚」の研究利用が可能となったことを受け、ヒト胚の社会的位置付けなどの議論が行われてきたことや、ヒト胚研究を容認している国の多くが、原始線条の形成を認める前、すなわち受精から14日を研究終了期限とする「14日ルール」を採用していることの他、日本における取り扱いも概説した。
 次に、多能性幹細胞等から作成した、ヒト胚に類似した構造の「ヒト胚モデル」について、ヒト胚ではなく、現段階で個体に成長することもないことから、14日ルールや規制が適用されず、日本も含め各国で取り扱いに関する議論が進んでいることを説明した。
 また、ヒト胚ゲノム編集の現状について、安全性や有効性といった技術的問題だけでなく、将来世代の身体への影響や、「編集」の対象となる遺伝学的変異に関連した疾患や障害を持つ人への差別や偏見の助長の問題、疾患治療以外の目的で利用されることによる混乱への懸念等があることを指摘。「ヒト胚は、生命観、家族観に関係するため、その取り扱いや胚のゲノム編集の臨床利用は、文化的背景などを反映しながら、社会全体で議論し、決めていくべきもの」と強調した。
 総括を行った渡辺常任理事は、「今回のシンポジウムが広く社会で活発な議論が行われるきっかけとなればありがたい」と今後の議論の広がりに期待感を示した。
 なお、シンポジウムの模様は日本医師会公式YouTubeチャンネルに掲載されているので、ぜひご覧頂きたい。

https://www.youtube.com/watch?v=bnruBZ0GxVc

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