令和6年度第3回都道府県医師会長会議が1月21日、「地域産業保健センターの活性化」をテーマとして日本医師会館大講堂で開催され、小規模事業場への周知やマッチング、連携、情報提供のあり方など、さまざまな課題が共有されるとともに、産業医の養成や未活動者の掘り起こしに向けた討議が行われた。 |
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会議は城守国斗常任理事の司会により開会。冒頭、あいさつに立った松本吉郎会長は、労働者のメンタルヘルス、高年齢労働者の安全衛生、治療と仕事の両立支援、女性就業者の増加に伴う女性の健康課題への対応、化学物質による健康被害など、働く人々のために対処すべき課題が多様化していることを背景に、産業医の社会的ニーズが一層高まっていることを強調した。
その上で、昨年、厚生労働省の「ストレスチェック制度等のメンタルヘルス対策に関する検討会」の中間とりまとめにおいて、ストレスチェックの実施義務対象を50人未満の全ての事業場に拡大することが提言されたことに言及し、「将来的にはストレスチェックの実施義務対象が50人未満の事業場にも拡大されることから、登録産業医の充実は必須となる」として、地域産業保健センター(以下、地産保)の更なる活性化が重要になるとした。
また、同中間とりまとめでは、日本医師会が登録産業医に対してインセンティブを与えること及び地産保に対して利用者の増加に対応するための十分な予算確保の必要性を訴えた結果、意見が反映された記述となったことを説明。日本医師会及び地域医師会が、登録産業医の充実に向けて積極的に関わっていくことは社会的責務でもあるとして、引き続きの協力を求めた。
Cグループが各地の状況や取り組みを踏まえて見解
その後、蓮澤浩明福岡県医師会長が進行役を務め、「地域産業保健センターの活性化について(産業医未活動者を含めた地産保登録医への参画など)」をテーマとしたCグループ(秋田県、群馬県、新潟県、長野県、滋賀県、山口県、福岡県、鹿児島県)による討議が行われた。
(1)産業医の不足と高齢化、若手医師の参加について
秋田県医師会は、勤務医時代に研修を受けてもらえるよう、若手医師のモチベーションを高める方策ばかりでなく、回数や地域の設定など実際に研修を受けやすくするための工夫も必要であると主張した。
新潟県医師会は、産業医を増やすべく、今年度から初期研修に「産業医コース」を設けたところ定員を満たす盛況ぶりであったものの、勤務医は産業医資格を有していても、働き方改革や兼業禁止の規定などにより実際には産業医活動ができない実態があることを説明。
また、産業医のネットワークの脆弱(ぜいじゃく)性も指摘し、地産保が定期勉強会や交流会を開催するなど、登録産業医同士の関係づくりの場を提供することを提案した。
滋賀県医師会は、同県の認定産業医674名のうち45%が非会員であることから、非会員を会員にしていく努力に加え、産業医活動を活性化するための手段として、専門保健師の活用も訴えた。
鹿児島県医師会は、同県の865名の産業医のうち約6割が産業医活動を行っておらず、コーディネーターは地産保の4人以外は郡市医師会の職員が兼務している状況を報告。コーディネーターを拡充するための十分な予算の確保を求めた。
(2)地産保の周知不足と活用促進について
群馬県医師会は、地産保の多くが地域の医師会事務局に置かれていることから、その事業に十分な人員が割けない点を問題視し、積極的な地産保からの働き掛けを求めた。
新潟県医師会は、小規模事業場にほとんど地産保が知られていないことから、協会けんぽや商工会議所、経済団体等と連携して周知を図るため、昨年度より意見交換会を開催していることを紹介。
長野県医師会は、小規模事業場を対象としたアンケートで地産保の認知度は40%程度だったものの、活用した事業場はほぼ継続した利用を希望していることから、広報誌やチラシ、SNSを用いて周知に努めていくとした。
山口県医師会は、現在、新規に相談に来る事業場は主に労働基準監督署の紹介であることを報告するとともに、各地産保間でホームページの情報量の格差が大きいことから、地産保を通じて各地域の情報を満遍なく得られるような整備を進める意向を示した。
(3)メンタルヘルス対策と支援対策の強化について
秋田県医師会は、50人未満の事業場の場合、産業医が不在であれば面接指導を外部の医療機関に依頼しなければならないが、地産保との連携や各地域でのメンタルヘルス対策の拠点づくり、精神科医とのネットワークづくりが不足しているとして、その強化を図る必要があるとの認識を示した。
鹿児島県医師会は、地産保の利用率が低く、利用している場合も健診後の事後措置であり、高ストレス者への面接指導や健康相談などは行われていない実態を吐露。メンタルヘルス対応を強化するため、産業医として登録している精神科医に新たに委嘱するなど協力を求めていくとした。
この他、群馬県医師会長が自身の産業医としての経験から、毎年同じ内容のメンタルヘルスのテストを行うことに疑問を呈し、担当する事業場の受験者も激減している状況で、本当に助けが必要な労働者を拾い上げていくシステムの構築が急務だと訴えた。
(4)地産保の体制強化について
長野県医師会は、ストレスチェックの義務対象拡大を踏まえ、登録医を増やせるよう、公的助成を求めるとともに、郡市区医師会に所属する産業医がより柔軟に活動するための体制整備を要望した。
滋賀県医師会は、医師になる前の教育において産業医の意義を学べるようにすべきと主張するとともに、産業医の資格を有していながら活用していない医師の掘り起こしの重要性を強調。
山口県医師会も、産業医の基礎研修を県内で受けられるようにすることで育成を図っているものの、産業医の有資格者を十分に把握できない上に、活用していない医師も多いとして、未活動の有資格者を取り込んでいくシステムが必要であるとした。
群馬県医師会は、産業医として事業場の本質を知り、従業員の気質や疾病構造を理解するのに10年は掛かることから、小規模事業場に産業医を配置するのは逆にチャンスであると力説。資格を取得したばかりの若い医師に50人未満の事業場を案内し、経験を積んでもらうことで、大規模事業場でも役割を果たせるようになるとした。更に、業種によって求められる産業医としての知見の分野も違うことから、有している知見ごとに産業医を振り分けるシステムも必要だとした。
新潟県医師会は、どのように産業医活動を展開すれば良いのかが分からない有資格者もいるとして、運営主幹のサポートの重要性を強調。
福岡県医師会は、医師会と地産保は別組織ではあるものの、多くは郡市医師会が事務局を担っていることから、これからも連携が肝要であるとした。
全体討議では、産業医の手当てが十分ではない上に、統一した給与体系がないなどの待遇面での課題や、産業医の斡旋(あっせん)業者の台頭の問題などについて活発な意見が交わされた。
この中で松岡かおり常任理事は、登録産業医と事業場のマッチングが課題であるとの認識を示し、適切なマッチングのあり方について今期の産業保健委員会で検討するとした。
MAMIS研修機能を用いて非会員へのアプローチも
引き続き、松岡常任理事が、1990年の日本医師会認定産業医制度発足以来、11万2327名の認定産業医を養成しており、2024年11月末現在の有効者は7万4464名で、そのうち約半数は未活動者となっていることを説明。産業医活動への意欲があっても活動できない産業医への対応が急務であり、産業保健委員会で"1社目の壁"を乗り越えるための方策として、実務能力向上研修会などについて検討していくとした上で、日本医師会執行部に寄せられていた質問に回答した。
地産保と精神科専門医とのネットワークに関しては、「50人未満の事業場でもストレスチェックの実施義務が生じると、今後は地産保の登録産業医と地域のかかりつけ医が高ストレス者を受け入れ、精神科の医師につなげていくことが必要になってくる」と述べ、効果的なメンタルヘルス研修会のあり方や、日本精神科産業医協会などとの連携について検討していくとした。
地域住民や企業に対する地産保の活動の周知不足に関しては、地域ごとの課題でもあるとし、各地域医師会で商工会議所などの事業者団体と連携して進めていくことを要望。一方で、周知・広報により利用者が増加した場合の対応を可能にするためにも、地産保充実のための予算と人材確保が不可欠であるとした。
地方の産業医の高齢化対策と若手医師の確保に関しては、医師の偏在に起因する部分が大きく、偏在対策と併せて考えていく必要性があることや、若手医師は非医師会員が多く、地産保の登録産業医の募集などの情報が届いていないことを指摘。4月から始まるMAMISの研修機能によって、都道府県医師会が認定産業医の情報について非医師会員を含めて把握できるようになるため、規約に基づいて活用していくことも方策の一つとの見解を述べた。
小規模事業場向け産業医活動支援モデル事業に関しては、30~49人の事業場をメインターゲットとし、年に2回の職場巡視と健診結果に対する意見聴取を1回行い、課題を収集してモデル的に検証するものであると概説。昨年12月に日本医師会から都道府県医師会宛に周知したところ、既に27の地産保から参加の意向が寄せられているとし、積極的な参加に期待を寄せた。
産業医の報酬に関しては、現在、地産保で業務を行った場合の謝金は1時間当たり1万2300円、1日上限3万6900円であり、謝金規定が労働者健康安全機構の「産業保健業務基準」によって全国共通で定められていることから、地域ごとに標準的な報酬に合わせた設定をすることは困難であると説明した上で、「登録産業医に活動のインセンティブを付与するために、全国一律に謝金を引き上げることは必要であり、その原資としての予算の確保を今後も厚労省に求めていく」と強調した。
更に、事業場と契約している嘱託産業医の報酬が低水準に抑えられている問題については、近年、産業医業務が増加していることを踏まえ、日本医師会が提供している産業医契約書を参考に、自身の契約書を見直すことを勧めた。
また、産業医部会を有している地域医師会では、医師会主導で適切な産業医報酬による契約を行っているところもあることから、地元の医師会で産業医の組織化に向けた活動を行って欲しいと要請した。
オンライン研修の単位の上限撤廃の要望に関しては、認定産業医制度は日本医師会が独自に実施している制度でありつつ厳格な運営で公的に認められていることから、5単位のままとすることに理解を求め、地理的な制約のある地方においては県内に複数のサテライト会場を設置するなどの対応を要請した。
マッチングのあり方に関しては、令和2年より医師会主導で「産業医契約等モデル事業」を実施しており、地域医師会と連携した上で、身分保障等の重要事項を含めた産業医契約の交渉や事務手続き、契約後の事務サポートなど、産業医活動を始めやすい環境づくりを目指して取り組んでいることを紹介。「2月の産業保健委員会で事業者より同モデル事業の報告を受ける予定で、地域医師会で行っている従来のマッチングと競合しない形で選択肢の一つとなり得るか、検討していきたい」とした。
公立学校職員への対応に関しては、渡辺弘司常任理事が、学校の教職員数が50人を超える場合には労働安全衛生法が適用され、産業医を配置することが義務付けられている一方、50人未満の学校の産業医配置は努力義務にとどまり、学校保健安全法の規定が適用されて学校医が教職員の健康管理を担うことを解説。
日本医師会はかねてより文部科学省に対して、①学校の規模によらず産業医を配置する②50人未満の学校の場合は教育委員会がその学校を束ねて産業医の要件を定めた医師等を配置する③産業医と学校医の職務内容は全く異なるものであり、学校医になし崩し的に教職員の健康管理を行わせるべきでない―ことなどを申し入れていることを説明。引き続き、その実現に向けて努力していく意向を示した。
この他、当日は長島公之常任理事がベースアップ評価料の届出を大幅に簡素化した新様式の説明資料について説明し、「この機会に届出の検討をして欲しい」と呼び掛けた。
閉会のあいさつで松本会長は建設的な議論に謝辞を述べ、今後も予算の確保に努めていく姿勢を強調。ベースアップ評価料に関しては、今後の手当てにつなげるためにも、5割以上の医療機関の算定を目指したいとして協力を求めた。