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令和8年(2026年)1月20日(火) / 南から北から / 日医ニュース

超国宝展の中宮寺菩薩半跏像

 年末にはまだ間があるとは言え、令和7年中に日本全国で開催された数多の展覧会のうち、奈良国立博物館の超国宝展をその白眉(はくび)とするのに異論はないと思われる。展示予定一覧を見た時には仏教美術を中心とする国宝が惜しげもなく列挙されていて、これほどの主役級を一度にそろって舞台に上げて果たして展示構成のまとまりがつくのか、観る側を心配にさせる程の品揃えであった。
 しかし開催前日の内覧会に参加して、その杞憂はすっかり晴らされた。法隆寺百済観音の露出展示に始まり、円成寺の運慶大日如来や宝菩提院菩薩半跏像を経て、中宮寺菩薩半跏像で締めくくる構成は、さすがに仏教美術の殿堂とされるこの博物館の面目躍如というところであった。
 なかんずく会期後半の掉尾(ちょうび)を飾る中宮寺菩薩半跏像の展示には息をのんだ。天井も壁も床も全て純白の部屋の中心に、この漆黒の像を一つだけ置くという贅沢は、そのコントラストだけでも圧倒的である。もっとも造像時には装飾も彩色もされていたようで、いつからこのような漆黒の像として祀(まつ)られているのかは不明なのだそうだが、千年を超える時間を経て、今この究極のコントラストを現出させたとしてみれば、歴史を経たものがもつ値打ちとはこういうことかと考えさせられた。
 仏教美術史では弥勒菩薩、寺伝からは如意輪菩薩とされるが、いずれにせよこれほどの美しい彫刻は世界にも数少ない。平素は中宮寺本堂の奥に収まっていて、横で番をしている尼僧の方に気兼ねしながら拝ませて頂くという風情なのだが、今回は露出展示ということで、遠慮なく全方向から鑑賞することができたのは有り難かった。
 まず正面からは見事な均整を示す。頭部と体部のバランス、スリムに引き絞った体幹、自然な位置に配された四肢と各部分に申し分がない。次に側面から見ると、下腹部が出ているところが現代の眼から少し惜しい感じがするが、飛鳥時代の仏像としては通例の様式であろう。曲げた右肘の先を、右下肢を上にして組んだ右膝の上に乗せる半跏思惟という姿勢について、現実の人間がこの姿勢になると実は上半身がもっと前傾する。彫刻でもロダンは言うに及ばず、同じく半跏思惟の弥勒である広隆寺や野中寺の像も、上半身は前に屈めている。ところが中宮寺像の上半身はほとんど前屈せずに美しく立ち上がって、写実的にはあり得ない姿勢を示す。しかしそれこそが、この像がもつ観念的な美を構成している要素の一つであろう。
 更にこの像では、しばしば伏し目がちの上眼瞼(がんけん)が取り上げられるが、下眼瞼の縁は近接してもはっきり見えないことに気が付いた。同時代の作例である法隆寺百済観音や広隆寺弥勒菩薩では上下の眼瞼の縁が描かれているから、これを飛鳥時代の様式と片付けることはできない。またこの像では、四肢の指先や口唇の縁がわずかにそり返るように強調されて作られているというのは、多くの先人の指摘するところだが、その精妙さに比べると下眼瞼は不思議なくらい茫洋とした作りになっている。これもこの像が内包する観念美の一要素で、作者はあえて下眼瞼を造形せず、観る者の想像の中にその縁を描かせることを意図したのではないかと私考する。そのような引き算の美学が飛鳥時代に意識されていたとすれば、何とも頭の下がる思いがする。
 今回の超国宝展は関西万博記念で開催された。私はひねくれ者で万博自体にあまり興味はないが、こんな国宝展を開催してもらえるなら毎年でも万博があっていい、そう思う程の展覧会であった。

奈良県 奈良県医師新報 Vol.886より

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