古井由吉氏に『漱石の漢詩を読む』という著作があります。漱石は小説家として高名ですが、英語に堪能であったのと同時に、俳諧や漢詩にもその才能を遺憾なく発揮しました。幼少期の漢文素読などで培われた素養が、その後の語学や文学の才能開花の基礎となったといわれています。
漱石の文学的達成の根底に「漢文」があるという観点は、漱石研究における極めて重要な視点となっています。古井氏が同著で示したように、漱石にとって漢詩は単なる趣味ではなく、自己の精神を最も純粋に吐露できる表現形式でした。幼少期の漢文トレーニングが漱石の文学的骨格を作ったことは多くの資料で裏付けられており、彼の漢詩は中国の詩人が読んでも美しく、日本文学の歴史においても一つの大きな頂を形成していると結論付けられています。
漱石は英語も堪能な「バイリンガル」以上のマルチリンガルな存在でしたが、彼にとって英語は「近代的な個人が世界や世間を批評するための言語」であり、漢文は「裸の個人が世界や宇宙とつながるための言語」として機能していたのではないかと私は感じました。
古井氏は同著の中で、日本語の特質について次のように述べています。「日本は単一言語のために、なかなか外国語を話すことに習熟しない、といわれている。しかしもう少し深く取ると、日本国こそバイリンガルだ、ともいえるのです。(中略)漢字とは外国の文字です。これをいちいち和文、和語に変換しながら、われわれは生活を営んでいるわけです。意識もせずにやっていますが、実は脳の中のどこかに、言葉を変換する中枢があって、それを常に働かせているわけです。しかも、漢字には一字の内にいろいろな意味が総合されている。われわれは読み取るために、そこから一つの意味を分析して引き出してくる。これは翻訳です。それを常にやっているのです。そうやって日本語という言語が成り立ってきた。」(古井由吉『漱石の漢詩を読む』より引用、一部表記調整)
こうした「翻訳」の感覚は、現代の日本人にも形を変えて息付いています。象徴的なのが、かつての暴走族が用いた「夜露死苦(よろしく)」といった当て字です。これを見た中国人小説家が「まさに詩的だ」と笑ったという話を聞いたことがあります。「夜は死の苦しみを露(あら)わにする」―そう読み解けば、それはもはや漢詩の一節のようでもあります。
そこで思い立って、AIに五言絶句の形式で「夜露死苦」を組み込んだ漢詩を作ってもらいました。
作品:夜露死苦
夜静寂無声
露湿少年旌
死生同夢処
苦楽結盟情
〔読み(書き下し文)〕
夜は静かにして声無く
露は少年の旌(はた)を湿(うるお)す
死生夢を同じうする処
苦楽盟(ちかい)の情を結ばん
〔意味〕
起句:夜はしんと静まり返り、物音一つしない
承句:夜露が、若者たちの掲げる旗を静かに湿らせている
転句:生きるも死ぬも同じ夢を共に見るこの場所で
結句:苦しみも楽しみも分かち合う、熱き絆(盟約)を結ぼうではないか
〔解説〕
構成:五言絶句
押韻:第2句末の「旌(せい)」と、第4句末の「情(じょう)」で韻を踏んでいる(平声・庚韻)。
工夫:各句の冒頭に「夜・露・死・苦」を配置する「冠字(かんじ)」の技法を用いた。
恐るべしAI! 暴走族の当て字という世俗的な言葉が、漢詩の形式に流し込まれることで精神的な盟約の詩へと数秒で昇華されるという面白さを感じました。何という自由自在な世界でしょう。人工知能が漢詩を作ったと知ったら、漱石は何と言ったでしょうか?
高校時代の漢文の教科書を引っ張り出して、漢詩の勉強をしようとしましたが諦めました。素養の無さはいかんともし難いようです。
そういえば、愛羅武勇(あいらぶゆう)、仏恥義理(ぶっちぎり)なんてのもありましたね。



