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令和8年(2026年)10月5日(月) / 南から北から / 日医ニュース

メルクマール

 小さな文字が読めなくて、老眼鏡がなければ仕事にならない。まして文庫本を読むには老眼鏡と拡大鏡とが必要になるため、読書離れをして久しくなる。ただし、ずっと心に留めている作品がある。サン=テグジュペリの『星の王子さま』だ。
 高校2年の夏休み明けの話である。英語のA先生が、教壇の上から『星の王子さま』の文庫本を皆に見せて、「今年の夏休みにはこの本を読み返した」とおっしゃった。別に当時の教材だったわけではない。原文や英訳を読まれたわけでもなかった。ただ自分が年齢を経るごとに、読み返しては感じる事が変わっていくお話だと紹介された。「何度目だったか忘れたが、今回も面白かった」と。そのA先生のせりふが、私の心深くに刻み込まれた。そんな事を言いそうにない先生だったからかもしれない。
 『星の王子さま』は、誰もが知っている児童文学の金字塔。特徴的な挿絵は一目で分かるが、大好きなお話ではなかった。A先生は何を面白いと言ったのだろう? 心の隅に引っかかったままであった。
 ようやく2025年に転機が訪れた。NHKの「100分de名著」がサン=テグジュペリを取り上げたのだ。そこで初めて、作者の経歴や思想を知った。黎明(れいめい)期の飛行機パイロットであったこと、サハラ砂漠に不時着して遭難したこと、第二次世界大戦の最中に『星の王子さま』を執筆したこと。天地の感覚さえ失われる砂漠での臨死体験、そして戦争に対する葛藤。この物語には想像を絶する背景があったのだ。
 謎解きの鍵を見付けた思いで文庫本を読み直した。グサグサ突き刺さってきた。生きていく上で避けられない様々な普遍的テーマが盛り込まれている。なるほど、読者の年代によって感じる事が変わっていくはずだ。
 A先生が鬼籍に入られてもう10年が経つだろうか。A先生は何度この物語を読み返されたのだろう? そして私はこれから何度、この本を読み返せるだろう。

兵庫県 兵庫県医師会報 NO.836より

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