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令和8年(2026年)10月20日(火) / 「日医君」だより / プレスリリース / 日医ニュース

令和8年熊本地震に対するJMAT活動を終了―総計539チームを派遣―

日本医師会定例記者会見 9月30日

令和8年熊本地震に対するJMAT活動を終了―総計539チームを派遣―

令和8年熊本地震に対するJMAT活動を終了―総計539チームを派遣―

 松本吉郎会長と藤原慶正常任理事は令和8年熊本地震に対するJMAT(日本医師会災害医療チーム)の活動について、9月30日をもって活動を終了することとした旨と、これまでの活動経過を報告した。
 松本会長はJMATの活動経過について、地震発生当日の7月28日に災害対策本部を設置し、翌29日には先遣JMATが現地に入って医療支援のニーズを評価した結果、JMAT派遣が必要と判断されたことを受けて、熊本県庁にJMAT調整本部を、八代市・宇城市にJMAT調整地域本部を立ち上げ、JMATの活動を開始したことを振り返った。
 また、当初は九州医師会連合会の協定を踏まえ、九州地区の各県医師会からのチーム派遣を想定していたものの、状況を鑑みて31日に全国からの派遣に切り替えたことを説明した。

都道府県医の協力・統括機能の強化により派遣チームの調整が可能に

 その上で、松本会長は「地震発生から5日も経たないうちにこうした決断と実行ができたのは、令和6年能登半島地震の教訓を踏まえたJMATの統括機能の強化策とともに、各都道府県医師会を始めとする関係者のご協力のおかげである」と謝辞を述べた。
 加えて、JMATによる給水支援や「はくおうⅡ」での初めての船舶医療の実施の他、「被災地の医療機関にどう引き継いでいくか」ということを大前提に、支援ニーズの見極めやチームの配置調整に取り組んでもらったことを報告した。
 さらに、今回の震災に先立ち、松本会長は担当役員に対して「JMATの統括機能の強化」「DMATや日本赤十字社との連携強化」を指示していたことを説明。統括機能の強化を中心としたJMAT要綱の改正後、初の本格的な災害となった今回、本部統括JMATによる早期の調整本部の設置や統括JMATによるチームの配置調整により、総計539チームのJMATを派遣することができたと評価。「需要に応じてJMATの数を調整しながら、被災地から『もう大丈夫』と言われるまで派遣を続けていく方針を実践できたと考えている」と述べた。
 DMATや日赤との連携に関しては、今回、県庁や地域のJMAT調整本部において、DMATと一緒に診療所の被災状況について確認を行った他、日赤の医療救護班と共に避難所を巡回するなど、共同活動が行われたことを明らかにした。

派遣体制の強化に向け研修や訓練の充実に努める

 また、今回の活動で特に重視した点として、長期・継続的な派遣体制の構築を挙げ、(1)一つの医師会でチームを派遣し続ける場合、(2)複数の医師会で分担し合って派遣する場合、(3)医師会ブロック単位による場合―の3通りの派遣方法が実施されたことを説明。東北地方を例に挙げ、単独では継続的な派遣が難しい医師会であっても、「JMAT東北」というまとまりで、各県医師会が交代しながらチームを派遣してくれたことを紹介した。
 こうした派遣方法を受けて、奈良県医師会が記者会見にて「災害発生時に継続的で切れ目なくチームを派遣できるよう、平時からの体制の整備が重要。近畿医師会連合で『JMAT近畿』のようなシステムを設けることを提案し、協議している」旨の説明をしたことに言及。
 南海トラフ巨大地震など非常に規模が大きい災害においては、全国から長期間にわたるJMAT派遣が必要になると指摘し、「各医師会ブロックなどで派遣体制が強化されるよう、日本医師会としても研修や訓練の充実を推進していく」と強調した。
 松本会長は、日本医師会の災害医療活動の最終目標について「被災地に地域医療を取り戻すことである」と改めて主張。その思いの下、JMAT活動と並行して、関係者と頻回に連絡を取り合うとともに、被災地を2度にわたって訪問し、熊本県医師会や地元医師会の先生方、JMAT隊員、木村敬熊本県知事や現地に派遣された厚生労働省職員とも協議を行ってきたと説明。また、高市早苗内閣総理大臣や上野賢一郎厚労大臣に対しても、地域の医療機関のため、必要不可欠な水の確保を働き掛けるとともに、木原稔官房長官、上野厚労大臣には、被災した医療機関の復旧のための要望活動も実施したことを明らかにした。
 また、松本会長は、普段から大規模災害などの有事に対応できる強靭(きょうじん)さ=レジリエンスをもった医療提供体制の構築が重要との考えから、7月31日に上野厚労大臣に来年度の予算要望書を直接提出したことにも触れ、「今後も、そうした医療提供体制が各地域で構築されるよう努めていく」と決意を述べた。

「はくおうⅡ」での活動は大きな実績

 続いて、日本医師会の救急災害医療の担当であり、今回の地震でJMAT本部長を務めた藤原常任理事が、被災地におけるJMATの活動経過を改めて説明した。
 JMATの派遣チーム数に関しては「お盆の時期をピークとして、その後は被災地のニーズを確認しながら、活動の終了に向けて徐々に派遣数を慎重に調整してきた」と振り返った。
 都道府県別のJMATの派遣チームの内訳も紹介。被災地JMATの未登録分が若干あるものの、現時点において把握できている派遣チームの総数は539チームに及ぶとし、「このうち熊本県医師会によるチームがおよそ半数を占め、熊本県医師会を含む九州ブロックで全体の4分の3以上のチームを派遣していただいた」と述べた。
 船舶における医療活用として初事例となった「はくおうⅡ」におけるJMAT活動に関しては、八代港への入港以来、熊本県医師会の職員が船内に常駐し、熊本のJMATが船内に入り、8月5日から9月9日までの間に派遣したチームは延べ27隊、隊員数は延べ101名に上ったことを報告。
 その上で、船内で診察した患者数は決して多くなかったものの、最長3日で入れ替わる乗船者に対して、感染症対策を含む健康管理を担ったことに触れ、「傷病者に対しては地元の医師によるJMATならではの手厚い対応で、陸上の医療機関とつなぎ、避難者の安心・安全を支えたことは大きな実績だ。水足秀一郎熊本県医師会長や西文明八代市医師会長、両医師会の事務職員のお力添えや活躍がなければ、これほどの実績は積めなかったと思う」とした。
 また、同常任理事は自身が6回にわたって被災地に入ったことを振り返り、「初回は発災から3日後のことで、JMAT本部長としてどう行動するべきか、現地で見なければ分からないとの思いで現地に入ったが、被災地が混乱する中でも、水足熊本県医師会長を始めとした熊本県医師会が冷静に対応している点が印象的だった」と振り返った。
 また、「熊本県庁では防災センター内に指揮系統が確立しつつあり、政府の現地対策本部には津島淳内閣府副大臣(当時)が常駐されていて、各省も同じフロアに出先を構えており、国として被災地を支援する強い姿勢を感じた」と述べた。

活動理念に沿って組織立った支援を実施

 さらに、このような状況を踏まえ、情報を速やかに、確実に本部に届けることは、被災者の支援に最も重要なことだと考え、日本医師会として熊本県医師会と熊本県及び国との間をつなぐ役割を担うよう心掛けたとした。
 また、活動期間中はJMATの活動理念に沿った支援を組織立って行うことができたとの認識を示した上で、その理由については、今後改めて振り返り、検証する必要があるとしつつ、(1)毎日開催したJMATミーティングを通じて、熊本県医師会や現地で活動している統括JMATの報告を、全国の都道府県医師会と日々共有できたこと、(2)ブロック単位でラインを組んで派遣調整を行ったこと―が挙げられるとした。

無床診療所の被災状況の把握が課題

 今回の活動から見えた課題に関しては、病院や有床診療所はEMISにより被災状況を把握しやすい一方で、無床診療所は被災状況の把握が難しく、情報収集のための支援者の負担も大きいことから、「今後、無床診療所の情報を収集する仕組みづくりは喫緊の課題だ」と訴えた。
 最後に、藤原常任理事は、今後について、都道府県医師会と共に、今回の活動を振り返る機会を設ける意向を示すとともに、今期の日本医師会救急災害医療対策委員会においても今回の活動を検証し、JMAT研修や訓練に生かしていく方針を示した。

御礼
261020b2.jpg 令和8年熊本地震に対する日本医師会災害医療チーム(JMAT)の活動は9月30日をもちまして、終了となりました。
 今回のJMAT活動は、全国の都道府県医師会のご協力の下、延べ539チーム、約2,028名規模の支援を実施することができました。ご協力いただきました全ての皆様方に厚く御礼申し上げます。
 日本医師会は今回の経験も踏まえながら、引き続き、災害医療体制の強化に努めて参ります。

◆会見動画はこちらから(公益社団法人 日本医師会公式YouTubeチャンネル)

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